August 15, 2003

なっち辞めないで!

生きているってくそったれなことだと思わない?
僕は何もしたくないし、何もされたくない。

最低限の権利を選び、最低限の義務と責任を果たしたい。
日本と言う国においては、多分、僕は最低の駄目人間だろう。
駄目人間は、広告と引き換えに様々な情報を享受する。
ゴミの中には、必要なものなんて殆ど無い。だけどある日、
僕らはモーニング娘。と言う情報を、ふと拾い上げた。
それに衝撃を受けた訳でも無く、それを役立てようと思った訳でも無く。

モーニング娘。は低俗なものであり、野蛮なものであり、
慰みものであり、そして、それは一過性のものである筈だった。
それは1998年の僕にとっての真実だった。

そして2003年の真実として、僕らは、モーニング娘。に心臓を貫かれ、
そこから身動き出来ないでいる。

モーニング娘。の歴史について、「推しメン」主観が入るのは間違いない。
またはサブカル的な視点や、音楽的な視点、ブロレス的な視点がその中心になったりする
のも当然なことだと思う。人の感じ方は人の数だけあるし、愛し方もまた同じだと思う。

でも、僕達はそれぞれの推しメンによって貫かれた胸の傷痕を眺める時、
その意味について考える時、無意識的に、最終的に、モーニング娘。とは何か
と言う命題に突き当たる筈だ。生理的な「好き嫌い」の背後にある大きな流れを
感じる筈だ。とても、とても大きな流れを。

そして、そこには間違いなく最初になっちの顔が浮かんだ筈だ。
娘。が何なのかと言うことを考える時、僕らの思考はそこで否応なくストップする。

僕は、それは思考の放棄では無いと思う。

僕は、それが答えなんだと思う。
なっちの存在が、僕らの伝えたい言葉なんだと。
僕らの心の中でかたちにならなかったものは、なっちとしてそこに存在しているのだと。


僕らの人生におけるある種の素晴らしさは、温かみは、存在によってしか伝えることが出来ない。
僕らはその欠片を言語によって修復していくことしか出来ない。


モーニング娘。は、萌えを超えた救済を与えてくれた。


なっちが、娘。なんだ。


楽に死ねる方法が有ったら、そのまま死にたい。

その訳が説明できないから苛々する。僕にはもう余裕が無い。
モーコーでPPPHなんてできないよ。

「ありがとう」も言いたくないし、「おめでとう」も言いたくない。
俺は、泣きながらこんなことしか言えない。

世界はファンとは無関係な方向に向かって流れていくんだろう。
何も変わらないかも知れないけど、嘘は言いたくない。

ずっと言えなかったけど、なっち、好きだ!


なっちのこと、大好きだ!!辞めないで!!

Posted by うたか at August 15, 2003 10:56 PM