August 18, 2003

友人の信念と僕の信念

ある友人と、このリンク(署名)集のことで話しあった。
彼はこのリンク集について、怒り、呆れているようだった。

彼の言う内容には、ちゃんと筋道が通っていた。

なぜ、言いたい事があるなら一人でやらないのか?
なっちが辞めなかったら、本当にそれで満足なのか?
あなた達がなっち以上に萌えてるメンバーが脱退する時、あなた達は
ずっとそのような運動を繰り返すつもりなのか?
ネガティブな方向へみんなを誘っても、何も解決はしないのではないか?
はっきりしたことが何一つ分かっていないのに事務所が全て悪いと言う
考えは、ただ仮想敵を自分で作っているだけではないのか?

自分たちがやっていることが及ぼす影響を全て考えた上で行動しているのか?
あなた達は過去の娘。達のかたちにこだわるあまり、今の娘。達の良い所を
見逃しているのではないか……?



僕は他者のマイナスな感情に対して、異常なほどの脅えを持っている。
頭に血が上り、身体が震え、会話のリズムについていけず、何から最初に
考えたら良いのか分からなくなる。だから、いつも以上に支離滅裂なこと
を書いてしまうかも知れない。でも、今ここで書いてしまわないと、僕は
きっとまた何も書けなくなる。だから、書く。

「ここで書いてしまわないと」と言うのは、もしかしたら彼に対する一つ
の答えになるかも知れない。僕は、圭ちゃんの時にも書こうと思って結局
書けなかった。感じたことのほぼ全ては、いつかは煩雑さと怠惰の間に埋もれてしまう。
僕は、今回だけはそれをどうしても避けたかった。普段、加護ちゃん、
よっすぃーばっかり連発している男がこんなことを言っても何も信じて
もらえないかも知れない。それに、自分でさえどうしてこういう気持ち
になるのかがわからない。感情的なレベルでしか、それを説明できないのだ。

「なっちが娘。なんだ」と感じていることの根拠を、僕は言葉で説明することができない。

僕はそのことについて、そのことを自分のフィールド外で、他者が集まる
場所で、もう一度確かめてみたかった。「なっちにやめて欲しくない」と
言うはっきりとした共通点の上で、他者の意見が聞きたかった。
これが、僕がリンク集に入った理由の一つ。

これはあやっぺの頃から思っていることなのだけど、脱退に対してなぜネガティブな
反応というものがあまり見受けられないのか…?ずっと不思議だった。
これは嘲笑されるべき言葉なのだろうけど、僕は僕のあるべき世界(=妄想)として、
みんなにそれを、もっと拒否して欲しかった。幼稚な感情を剥き出しにして欲しかった。

シンプルに、その声を、姿を奪われたことに対する悲しみを吐き出して欲しかった。

僕は、あった「事件」に対する感情をまず吐き出しきってしまわないと、その「事件」
について考える事もできないし、話し合うこともできない。僕は娘。について論理的
に考える事ができないのだ。感情的なレベルにおいてしか、それを考えることができない。

僕はアイドルとはアイドルのファンと言うのは究極的にはそういうものだと思っているし、
娘。達がいくら特殊だとは言え、そのフィールドから逃れられることはできないと思う。
そこに「萌え」が発生し、それに惹かれている以上、僕は感情的にならざるを得ない。

僕は、凡庸勝手極まりない消費者だ。そして、凡庸極まりない消費者を悲しませない
ような運営をするのが事務所の仕事だと思う。もしその「萌え」を否定するなら、
生写真を売る必要も無いし、そう言った気のある素振りは止めて欲しい。

そして、僕はこの事務所が、そういうファンの心情を理解しているものだとは
どうしても思えない。もし本当に理解してやっているのだとしたら、鬼だと思う。



「それ」は既に制度化され、一部の(どの位の人数がいるのか僕には分からない)
ファンはそれに慣れきって、祭りとしてさえ捉えているような気がする。それを
肌身に感じたのは僕自身、本当に萌えていた圭ちゃんの脱退だった。

「卒業」ってなんなんだ。娘。って言うのは卒業するものなのか。
そして、それはめでたいことなのか。みんな、本当にそういう風に感じているのか。
もしかしたら、この無意味な卒業はまた無意味なスパンで繰り返されるのではないか。
それは、みんなの望む事なのか。みんながモーニング娘。に求めていることは、
ポップ・グループとしての、表現としての熟成なのか。常に入れ替わるポップ・
グループとしての新しいかたちなのか。

僕は、どうしても。
どうしてもそのようには考えられない。

僕は幼稚園児のようになっち先生に「今までみたいに、みんなと一緒の幸せな姿を
見せてください」と、ねだることしかできない。今までの事務所サイドによる脱退
が、何のプラスになったのか僕には全く分からない。

少なくとも事実を言うならば、僕のバイト仲間や友達や、娘。達と関係無い人々は
一様にメンバーの増減に対して「なんだかなぁ…」と思っているようだ。僕はむし
ろ、そういう人達との方が感情を共有できたりする(僕が素晴らしいと思うZYXなど
については全く共感を得られないのも事実だが…)。



結局、娘。達は僕にとっての宗教なのかも知れないと思う。
メロディーと萌えを教義とした宗教。社会通念上の常識や善悪を飛び越えてもそれを
信じたいと思う気持ち。どう思われても、僕は突き詰めればそこに行かざるを得ない。
キショいと思われてもどうでもいい。

だから、僕は筋道だった論理に反論する事ができないのかも知れない。
議論にならないのかも知れない。僕は論理より、娘。達が与えてくれた物語を信じていたい。

そして、僕はそれを黙っているよりは、発する事の方が大事だと思っている。
それが、誰かにとってどんな醜いかたちに見えるにせよ。

作り笑いは本当に苦手なのだ。

Posted by うたか at August 18, 2003 01:05 PM