僕は、ちょっとした付き合いで、最近娘。の応援団体というものに名
を連ねている。10代が中心の完全現場系の応援団体で、僕は多分その
中で最年長だ。参加していると言っても掲示板に書き込みをしている
だけで、実際に会ったことはない。2~3年前だったらそういう場所に
も平気で出かけていっただろうけど、もう僕はあまりヲタの友達と言
うものを必要としていない。僕はモーニング娘。と関わるということ
において、戦略的にはなれず、分析的にもなれない。オタク的にもな
れず、現場系と言う訳でも無い。ただ、非生産的に萌えを享受し、数
人の友人とそれを分かち合うだけだ。
世間から見れば、僕らのような振る舞い、娘。との付き合い方は陰気
で、理解し難いものに映るだろう。いや、ヲタの輪の中から見てもきっ
とそうに違いない。
そのように閉鎖された空間では、誰しもが自分を掘り下げる作業に取
り掛からざるを得ない。自分の眼が、耳が、感じとったもの。感じな
がら、言葉にならなかったもの。言えなかったもの。今までいい加減
に部屋の片隅に追いやっていたものを、1つ1つ片づけていく。そし
て整理すればする程、その先には自分と娘。しか居ないことが分かる。
世界は開かない。世界はただ閉じていく。
…友達のことを言えば、僕はそのような閉鎖された空間の中で、彼ら
一人ひとりに、類は、彼らと集まるその心地よい空間に、無意識に娘。
性のようなものを見出しているのかも知れない。
娘。は開かれ、そして分断された。
やはりあの幸福な時代はどうしたって忘れられないし、「どうして?」
と思う気持ちは今でも心の奥底に残っている。もちろん、現実は認識
している。回り出した車輪を止めることはできないし、川の流れを逆
に変えることもできない。いや、それより、むしろ萌えメンバーは増
えているし、現状に対してのフラストレーションは急激に軽減されて
いる。僕は多分、娘。に満ち足りている。
しかし、本当はあの頃とはなにかが違うこともわかっている。僕には
その「なにか」を言葉にすることはできない。その「なにか」は、僕
を更に閉ざされた場所へと導いていく。ハロプロ無人島妄想や、ハロ
プロ学園妄想。閉ざされた、僕と仲間達、そして娘。達だけしか居な
い場所へ。
□
そこはひどく心地よい。
そこには優しげな死の香りが、甘く、哀しく、いつまでも漂っている。
………僕にはなっち先生の弾くピアノが聞こえるんだ。生徒達は皆帰っ
てしまって、僕しかその演奏を聴くことはできない。僕は目を閉じて、
なっち先生の情感を、そのタッチから感じ取る。なっち先生が泣いて
いるのが分かる。先生は、何かを思い出している。先生は、その一音、
一音を惜しむように、慈しむように撫でていく。
僕は一人で泣いている。
なっち先生の悲しみは決して癒されることは無いし、先生はこれから
も自分を失いながら生きていくのだ。そして、先生にはそれが分かっ
ている。僕は、それを心の奥の方で感じることができた。僕は、音楽
室の扉を開けて先生に会いたかったが、なぜだかそれは、とてもいけ
ないことのような気がした。僕は、ドアを開けられなかった。そして、
遠ざかる先生の演奏を聴きながら、僕は階段を降りる。
そして、下駄箱の前で僕はふと気づく。
僕には帰るべき場所が無かったことに。
なっち先生のピアノが、今でも小さく僕の耳に聞こえる。
僕はふと、落ちていく陽に目を留める。
□
なっち先生はいつまでもそこに居る。
そして、僕は彼女にいつでも会いに行くことができる。
□
所属した応援団体から、あるメールが来た。
白いサイリウムと言う単語を見つけた瞬間に内容は分かった。
そして、僕はまた悲しくなった。おそらく彼らには悪気は無いだろう。
それは、彼らにとっては正しいことなのだ。なっちも、それを受け止
めるだろう。僕も、それを見て泣くだろう。…でも、僕はその場に入
っていくことはできない。
別れについて考えた時、僕はぎりぎりまで誠実でありたい。僕は、最
終的に、絶対にそれを認めることはできない。僕にはなっち先生のピ
アノが聞こえているし、その演奏に感じた、決して癒されることのな
い悲しみを自分の内にしまい込まなければならない。
でも、本当はそれだけではない。
娘。達は、閉ざされた幸せな少女達の空間は、それでも彼女を祝福す
るだろう。そこにあるのは善悪では無く、僕らを圧倒する、ただの風
景であるはずだ。光景であるはずだ。そして、僕らはおそらくその風
景に敗北するしか無い。
彼女達はその美しさによって、損なわれる。
彼女達の神々しい輝きは、暴力的な獣達にとってたまらなく美味な餌
なのだ。僕達は彼女達を損なわせたものが、この世界にあると言うこ
とを忘れてはならない。僕達が生きている、この血腥く醜い現実から
与えられたものであると言うことを忘れてはならない。
彼女がそれを、望んだ訳ではないんだ。
どうしてみんなそのことに平気なんだ? その瞬間の娘。達と建て前で
向かい合うことなんて、僕にはできない。
絶対的な恋愛は、いかなる狡猾な、残忍なシステムからも逃げうる筈
だ。僕達にできるのは、彼女の気持ちを信じること。そして、崖の縁
で、彼女の本当の気持ちを感じようとすることなんだ。
僕達がシステムに搦め捕られてしまったら、それは本当の終わりなん
だ。本当の、本当の終わりなんだ。