今日のらくがき

08/23(水) SFの「え」
『エリから電車』
 駅についた頃に、どうも背中がムズムズするので、変だと思った。家に着いて脱いでみて判った。シャツのウラに電車が通っていた。
 そう。電車だ。
 もちろん私は、自分の目を疑った。京浜東北線と埼京線が並んで、武蔵野線が交差し、埼京線に沿って新幹線まで走っていた。襟のところから北浦和・浦和・南浦和と並び、それにほぼ平行して、中浦和・武蔵浦和、脇のところから、西浦和(武蔵浦和・南浦和)東浦和。
 特急が止まらない県庁所在地として有名だった浦和だけど、東西南北じゃ足りなくて、武蔵に中まである。さすが都心に近い住宅地だけある。ってそんな事じゃなくて、何故電車まで走っているのかが知りたかった。でもきっとこれは暑さの所為で、私の頭が破裂したんだろう。
 洗濯機に投げ込んだシャツは、もちろん洗濯され、ベランダに干された。
 翌朝のテレビで、浦和だけの大地震と大雨で壊滅的な被害が発生しているというニュースを見ても、これがシャツの所為だとは、もちろん思わなかった。ただ単に浦和なんかに住んでなくて良かったと思っただけだ。
 翌日のアイロン掛けが済んでタンスに仕舞われても、そんな事は気づきもしなかった。

 そのシャツを着ようとしたときに、変な事に気が付いた。線路が長くなっていた。襟の側だったのは北浦和なのに、今では高崎になっていた。裾の当たりは、大船まで伸びている。
 恐くなってそのシャツを着るのは止めたが、これからどうしたらいいんだろうか?

 一月位経ったろうか? 恐いながらも、シャツをしまったタンスの抽斗を開けると、丸いものがあった。よく見ると、どう見ても地球儀だった。最近暗い日が続いていたと思ったが、ひょっとしたら、この所為なんだろうか?
 この中に入ることが出来たら、ひょっとしたらこの世界を支配さえ出来るかも知れない。
(ってなんて話を書いてるんだ!)


「う」の時に、宇宙人なんて事にしなければ、エイリアンで良かったのに、なんて今頃思っても仕方が無いんで、「え」は異世界で有名な、エドガー・ライス・バローズにしましょう。知る人ぞ知る。というか殆どの人が知っている、あの「ターザン」の作者です。読んでいなくても、ターザンの話は知っているでしょう。ちなみに、エドガー・ライス・バローズの熱烈なファンのHPで、邦訳されていない作品をみんな(素人)で、訳しちゃおう(作品は【The Outlaw of Torn(トーンの無法者)】)なんて計画があって、もうすぐ完成だという事を、調べていて知りました。興味のある方は http://www.nsknet.or.jp/~hideman/ へどうぞ。で、エドガーなんですが、エドガーというと私はSFよりも怪奇と幻想のポーの方がイメージが強いです。(といってもSFの話ですから、ポーは考えないようにする。でも彼もSFを書いてはいるんですよ。確か月世界への旅行の話だったと思います。)バローズは、ターザンのシリーズだけじゃなくて、火星シリーズや地底世界・金星などのシリーズが有名です。バローズの得意とする所は、異世界での冒険物です。そういえば、ターザンの原題って、「グレイストーク」だったと思うんですが、あの「ア〜ァア〜・ア〜」っていう声から、若い頃はグレートトーク。つまり大きな(話)声なのかと思っていました(笑)あれは彼の苗字だったんですねぇ。冒険物のバローズのパターンとしては、アメリカの格好良い青年が異世界で活躍して、お姫様と結婚し王様になるというのが定番ですが、まるでテレビの水戸黄門みたいで、安心して読んでいられるというのが、良いところでしょうか。まぁ、彼の本の挿絵等を見ただけで、綺麗な(あられもない格好の)女性が危ない目に遭うところなんかが多いんで、彼の作品の絵を見るだけでも楽しいかも知れませんねぇ。


08/20(日) SFの「う」
『うしろの正面だあれ?』
「後ろって、首の後ろに?」
「そう、首とか頭とかもあるらしいよ。発信機が埋めこまれるんだ。だから何度もUFOに連れ去られる人がいるんだよ」
「その発信機とやらで、追跡調査をするっての? まぁ好きな奴にはそう思わせとけばいいんじゃないの」
 俺は、UFOオタクの金沢をバカにしながら、暇潰しをしていた。
「それから、性格も変わるらしい。急に良い人になったりしてね」
「そりゃいいや。俺の親も宇宙人に一度さらわれて欲しいよ」
 そういった途端に、金を貸してくれる彼女とのデートの約束を思い出し、金沢と別れた。

 祐美の隣には、恵美と名乗る祐美の姉さんとも思える女性が立っていた。
「ヒロ、今日はおばさんがどうしてもって、付いてきちゃったの。ゴメンネ」
「いいけど、おばさんって感じじゃ…」
「あら、いいのよもうすぐ50に手が届くんだから」
 俺は、見えない様に受け取った祐美の財布を隠すと、ずっと若く見える、綺麗なおばさんに挨拶した。
 食事は楽しかった。おばさんとの会話も弾んだ。こんなに年が離れている人との会話が楽しいというのも、変な話だ。
 彼女は何でも知っていた。渓流釣りの穴場から、花の世話に競馬の勝ち馬、面白いおばさんだ。
「あのおばさん、ちょっと変だと思わない?」
「えっ? 始めて会ったんだから判らないよ」
 おばさんがトイレに立った時に、祐美が俺に言ってきた。
「この間UFO騒ぎがあったでしょ。あの後突然家にやってきたんだけど、始めは誰だか判らなかったのよ。あんなに若いんだもん。それに昔から、殆ど交際なしの、偏屈っていう感じだったらしいのよ」
「えぇ! 偏屈っていうより、退屈なしってな感じだけどなぁ」
「なに言ってるの。50の女があんなに若い肌してる訳ないじゃない。弟なんか、宇宙人じゃないかなんて言い出す始末なのよ」
「宇宙人…」

 おばさんが戻ってくると、今度は祐美がトイレに立った。俺はおばさんの首の後ろを盗み見た。
 そこには、白くなった傷跡があった。俺達はすぐに世間話を始めたが、彼女が「あらいけない。忘れ物しちゃったわ」そう言って、トイレへと向かった。

 彼女達は一緒に戻ってきた。
 おばさんに食事を御馳走になった俺は、金を受けとっているので、祐美とのエッチは我慢して、「それじゃ」ってんで別れた。
 彼女達と別れる時に、俺はおばさんの事を祐美に知らせるべく、祐美の耳に口を近づけ、耳打ちしようとした。
 耳の後ろの髪の生え際には、まるで今手術しましたという感じの、新しい傷跡があった。

始めて3回目なのに、もう今月も2/3も過ぎてしまった。こりゃ長くなりそうだ。「う」という事で、やっぱりSFとしては宇宙人でしょうかねぇ。宇宙でも内宇宙(太陽系の事)とか外宇宙(太陽系外の事)なんて言葉もあるが、内宇宙については、自分の体内とか、精神的な事とかを表す時もありますねぇ。だからこれはちょっと、宗教的な感じになってしまう場合があります。「ウルトラマン」とか「うるせい奴ら」なんていう「う」で始まるものもありますが、どっちにしても、宇宙人ではあります。普通SFで宇宙物といえば、やっぱりスペースオペラと言われている宇宙へ人類が進出していって、他惑星の生物と仲良くなったり、喧嘩とか戦争をしたりといった、軍事物みたいなのが多いです。私はあんまり好きじゃないんですけどね。以前この落書きでも書いた「ペリー・ローダン」のシリーズは、日本でも240巻位出版されていると思ったけど(この間本屋にいったら、確か262冊目だった)すごい長編だよなぁ。始めから読んでいるファンもいるんでしょうねぇ。で、実は昨日ケーブルテレビで、第1回目の「アウターリミット」(昔々のアメリカのTV番組です)を見たんだけど、あれも「宇宙人現る」というタイトルでした。40年位前の白黒の作品だけど、ラジオ局の機械に強い社長?が、研究して立体テレビ(送受信機)を作るんだけど、アルファケンタウリ?の方から宇宙人がその電波と交信して、誤って出力を上げた為に、地球に来てしまうという、今から考えると、バカバカしい話でした。勿論、電波がそんな遠くに届くのに、時間的なズレがないだとか、その当時の機械で宇宙人と話しが出来るだとか、そういった科学的にバカらしいだけで、話しとしては面白かった。まぁ、前回も書いたけど、こういった地球以外の想像でしか思い浮かばない未知の分野だからこそのSFではあります。「火星人が攻めて来た」というラジオドラマで、聞いていた人がパニックになったなんて有名な話しもありますからね。解らないからこそ、想像力を働かせて、それっぽく設定出来る。ハードSFなんかは逆に、読者にいかに本当っぽく思わせるかが勝負です。そう言えば、昔の空港の入国審査の所に、「エイリアン」っていう言葉で外国人を表しているって評判になったことありましたねぇ。よそ者っていう差別用語だってんで、今は変わったけど、「エイリアン」の映画で、完璧に悪い宇宙人(怪物)みたいになっちゃいましたからねぇ。そういえば、あの映画の前に、タイトルは忘れたけど、たぶん田中光二が、地球に暮らす異星人の話しを書いていた事があった。主人公の名前は、エイリアン(ALIEN)のアナグラムだったというのだけ覚えている。話しの内容を覚えてないんだから年だなぁ。でも当時宇宙人といえば、インベーダーだとか宇宙からの侵略だとかの、宇宙人は悪い奴ばかりだ。なんていう話しが多いなかで、悪い奴ばかりじゃないんだという、いい宇宙人の話しだった様な気もする。どっちにしろ日本のSFが、登り調子になっていく頃の作品だった。


08/02(水) SFの「い」
『いつまでも…
 いつもの様に、国の体制は遅い。いくらこの法案が通っても、我々の仕事は変わらないだろう。いや却ってやり難くなるかも知れない。
 50年ほど前に可決された国民総背番号制なんていうバカな法案も、生活にそんなに変化は無かった。ある特定の企業が儲けただけだ。
 だが今回の国民総DNA登録制が可決されれば、警察は大助かりだとTOPは思っている様だ。犯人が残した遺留品が犯人の物だと特定されれば、そこから犯人が直ぐ検挙できるだろうというのだ。
「フン。バカ言っちゃいけない」
 現場にある遺留品を犯人の物だと特定するのに、どれだけの時間と労力が必要かを解っていないのだ。
 例えば、殺人があった時に、被害者の爪の間に髪の毛があったとしても、それが犯人の物だという証拠がどこにある。その髪の毛から人物を特定できたとしても、それじゃ状況証拠と同じなのだ。結局は我々が靴を減らして、聞き込
みをしなければならない。
「警察は足だ」
 俺はそう吠えると、コンビニで買った牛乳とアンパンを抱えて、犯人と思しき奴の家の前で張りこみを続けた。

「い」と言う事で、今回は遺伝子。前回は人の名前だったから人の名前で進めるのもいいかとも思ったけど、石川英輔くらいしか出てこないんで、今回は遺伝子に関することにしましょう。だけど、「あ」で始まる作家には凄い人が多かった。例えばアーサー・C・クラークやアルフレッド・ベスター、でも前回は考えてみれば、「あ」じゃなくて「ろ」だったような気もするけど、まぁいいや。で、「い」の遺伝子に関するSFというのも非常に多い。クローン牛の話や遺伝子組替え大豆なんかの話が話題になったし、「遺伝子組替え大豆は使っていません」なんていう表示をしたりしている食品もあるけど、小説の中では、DNAの塩基配列がどうのこうのという細かい説明が載っていたり、ヌクレチオドがどうのこうの、染色体の何番目がなんたらと、読んでいてもチンプンカンプンな、でも科学的には基本部分は合っているであろう話から、とにかく何でもいいや式の話もある。突然変異までこの遺伝子の話に含めたら、怪獣映画の日本には、沢山の話が溢れている。改造手術の仮面ライダーだってそうだよなぁ。ゴジラなんかは突然変異体にしては珍しく、子供だっている。これは勿論日本だけの話じゃなくて、昔(神話の頃)からある話だ。ペガサスだって馬と鳥のキメラ(キメラというのは、本来は植物に対しての名前だからギリシャ神話のキマイラが正しいかも知れない)だし、ひょっとしたら人魚だってそうかも知れない。とにかく人間が他の機能を持ちたい。例えば空を飛びたいとか、速く走りたいとか、海に長い間潜っていたい。なんていうそういう気持ちが昂じて出てきた思想だと思える。神に近づきたい。という一種の超人願望なんだろう。きっとそういう気持ちへの警鐘の意味だろうが、現代では、遺伝子操作という形での、進化だか退化だかはわからないが、神の領域を犯す事への警告を書いている小説が多い。SF映画のパターンの一つにもなっている。その名もずばり「DNA」なんていう映画もあったし(原作の「ドクターモローの島」とは随分話しが違っているよなぁ)昆虫が巨大化する「ミミック」なんかはバイオホラーと銘うっていたけど、恐いというよりも気持ち悪い映画だったのを覚えている。ベストセラー作家の「ジュラシックパーク」もそうでしたねぇ。それから私の嫌いなバイオ兵器に関する話もありますねぇ。結局まだよくわかっていない研究中の分野だからこその、話ではあるのでしょう。もっともそうだからこそ、SFになるんですけどね。


08/01(火) SFの「あ」
『AI』
「愛、これからは二人一緒に暮らそう」
「嬉しいっ。私達これから死ぬまで、ず〜っと一緒よ」
 そう誓いあってから、もう既に10年の月日が経った。私の両親が亡くなって、結婚に反対する人がなくなり、私はすぐにこのマンションに愛を連れて住み付いた。愛の愛情はいまも変わらない。私はといえば、たまに軽い浮気をする程度で、結局は愛には知られずに、その遊びも終わるというのが2年に一度位の割合で続いていた。
 家に帰ると愛が玄関で待っていた。怒っていた。ばれたか? 一瞬そう思ったが、気を取りなおして、平静を装った。
「どうしたの?」
「貴方。今度の彼女とは浮気じゃないのね」
 やっぱり気づいた様だ。今度の彼女は今までとは違う。しかも今までの浮気もばれていたのか。さすが愛だ。
「今度の彼女って、どういう事だよ」
 こうなったら、しらばっくれるしかない。
「今までのは浮気だと解っていたから言わなかったけど、今度のは浮気じゃないでしょ。だから私は怒ってるのよ」
 彼女は胸の扉を開けると、部屋を暗くし、壁に私と彼女との現場を映し出した。そこに映る私は、愛にはしたことがないオイル交換をしていた。彼女は50年以上前の古いタイプのロボットなので、年に一度はオイル交換が必要なのだ。愛は20年前のタイプだから、5年に一度のドッグ入りで人間の手を借りる事はない。
 結局、私は死ぬまで慰謝料を払い続けるハメになって、愛とは別れた。
 死んだ両親が反対したのも今になって思えば、よくわかる。人間とロボットが結婚するというのは大変な事だった。こちらはどんどん年をとっていっても、彼女は若若しく綺麗なままだった。体力がなくなり出来なくなった事でも、彼女は優しく何でもしてくれた。そういう事が嬉しかったが、自分が情けなくなり段々嫌気がさしてきた。人間というのは我が侭な生き物なのかも知れない。
 ロボットの前身、人口知能(AI)なんていってた20世紀後半の頃は、きっとこんな事で悩むとは、思わなかっただろう。

 さすがに、少しの時間で書いただけあって、酷い話になってしまいましたねぇ。という事で、SFよもやま話の第一回は、アイザック・アシモフ。この人を忘れてはSFは語れない。最近の映画「アンドリューNDR114」の原作者でもある。「ファウンデーション・シリーズ」日本では「銀河帝国興亡史」なんていう訳で発表されたあの作品でさえ、もう50年位前に発表していたんだから、SFの神様と呼ばれても不思議はない。この「ファウンデーション・シリーズ」が「スターウォーズ」を生んだといっても言い過ぎではないだろう。そして何といっても、あの有名な「ロボット工学3原則」を作った人だ。この3原則に基づいてロボットの小説をいくつか発表しているし、他の作家達もこれにならっているのは、興味深い。もちろん手塚治虫だって、鉄腕アトムの様に良いロボットには、この基本を守らせているのは言うまでもないだろう。彼の「ロボット工学3原則」はあまりにも有名だが、これに対して「人間学3原則」というのもあるのを知っている人は少ないようだ。ロボットと人間とが共存するための人間に対する原則でもある。うろ覚えだったので調べてしまいました。
「ロボット工学3原則」
第1条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。またその危険を見過ごすことによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第2条 ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。但し与えられた命令が第1条に反する場合はこの限りではない。
第3条 ロボットは第1条および第2条に反するおそれのない限り自己を守らなければならない。
「人間学の3原則」
第1条 人間は他の人間に危害を加えてはならない。またその危険を見過ごすことによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第2条 人間がロボットにあたえる命令は、ロボットの存在を守るものでなくてはならない。但しそうした命令が、人間に危害や不快感をもたらす場合は、この限りではない。
第3条 人間はロボットに危害を加えてはならない。またその危険を見過ごすことによって、ロボットに危害を及ぼしてはならない。但しそうした危害によって、人間に危害が及ぶのを防ぎ、あるいは重要な命令が遂行される場合は、その限りでない。

 調べていたら、ロボット工学の第0条というのが見つかってしまった。(知らなかった)これは、第1条の人間を守るという事に関し、一人の人間と人類全体のどちらかしか守れない場合には、人類全体を優先させるというものでした。(調べてみるもんだなぁ)