最近読んだ本の話し  (2003年)
  
2003/11/16
◎「ブラッド・ミュージック」グレッグ・ベア作 小川隆訳 早川文庫刊
この作品を読んでいなかったというのが不思議だった。完璧な古典SFである。考えてみると丁度私が結婚した頃の出版だから、それどころでは無かったのかも知れない(笑)ストーリーは、ある科学者が細胞レベルでの生体素子(いうなればコンピュータ)を作り出すのだが、勝手な研究をしていた事が判り、会社をクビになってしまう。それまでの研究成果を無くしたくなかった主人公は自分の身体にそれを注入してしまったところから事件は始まる。その細胞は身体を支配し始め…。とこう書いてしまうとなんだかフランケンシュタインの怪物のようでもあるし、人類の次への進化の期待とも受け取れるが、これはラストへの展開が以外な方向へと進んで行く読み応えも十分な良質なSFだ。やはり古典SFとも思われる人類謳歌と意外なストーリー展開と設定の、この作品だけは読んでおいて欲しい。タイトルの「ブラッドミュージック」は、細胞が身体に入り、血管の中を血が流れるのさえ感じてしまって、まるでそれが音楽を奏でているようでもあるというところから来ている。

○「ジョナサンと宇宙クジラ」ロバート・F・ヤング作 伊藤典夫 編/訳 早川文庫刊
梶尾真治の作品に出てきた「たんぽぽ娘」の作者の短編集である。実はこの作家は知らなかったので、探していた。でどうかといえば面白い。短編集というよりはヤングの紹介集とでもいうべき一冊になっているからだろうが、色々なタイプの話がある。だから私好みとそうでないのとあるのだが、凡そにおいて、及第点である(偉そうに言ってる)で作品の内容はというと、梶尾真治が随分影響を受けたのだろうなぁと思わせられる心温まる愛の話が多い。で私はどちらかというとそういうものを避けている方だけれども(笑)でも面白いなぁと思わせてくれた。

2003/10/26
△「翔び去りしものの伝説」都筑道夫作 徳間文庫刊
有名な推理作家のSF長編であり、今流行のファンタジーでもある。だが20年も前の作品だけある。酔っ払いが道の真ん中を歩いていて、暴走族(古)のような人達に絡まれ、殺されかけるが、その人が見る夢の中の出来事という設定(とはいえ、ラストまでそうとは判らないのだが)で書かれている。まぁ異次元への旅とかファンタジー物にありがちな設定ではあるのだが、そこは文句はいうまい。で異次元というに相応しい設定が楽しい。奴隷は顔を袋で被われているだけの裸だし、主人公はいつの間にか王子様だし、魔法は出てくるし、闘えば強い。どちらかというとマンガの世界である。彼が今書けば随分違った作品なのだろうと思うと少し残念だが、20年前ならば面白いと感じたのかも知れない。ただ出てくる馬はダチョウのような2本足(スターウォーズの2本足のラクダが原案か?)だし竜のような動物が沢山出てくるがそういったオリジナリティさに欠けていると感じたのが残念だった。

△「2061年宇宙の旅」アーサー・C・クラーク作 山高昭訳 早川文庫刊
「オデッセイ」シリーズの3作目。「2001年宇宙の旅」は今は亡きキューブリックの作品と同時進行の形で書かれ、映画の解説的な存在だった。確か「ぴあ」が月刊誌だった頃に、是非再上映して欲しい映画の人気投票で毎年1位を獲得していた「2001年宇宙の旅」は初上映の時には見ていなかったから、その要求に会わせた形で上映された「2001年宇宙の旅」を見た時には、凄い映画だなぁと思ったものだ。もちろんその前に本を読んでいたのはいうまでも無い(笑)この映画は本を読んでいた方が理解し易い。映画館では希に見る観客で、上映が終わるとスタンディングオベーションとでもいうのだろうか、皆席を立って拍手をしていた。今考えると凄い。あの映画は地球の過去のシーンで、映画館で見た時には、原人がサーベルタイガーに襲われる箇所があるのだが、ビデオからはカットされている。この間DVDを手にいれまだ見ていないが、DVDからも無くなっているのだろうか? 今度確認してみよう。あのシーンは良かったのになぁ…。と映画の話はこの位にして、本の話なのだが、流石に古い原作だけあって、あの当時読めば凄い作品だったろうにという、もはや古典としての作品になってしまっていた。モノリスもラスト近くで出てくるだけだし、2作目までの不思議な感じは少ない。流石にこれは映画化されなかったはずだと思ってしまった。やはりこの作品は書くべきではなかったのだろう。

△「ゴッドマザー・シリーズ」1〜3巻 宗田理作 光文社文庫刊
「ゴッドマザーと子ども軍団」「ゴッドマザーと笑う死体」「ゴッドマザーの双子チーム」の3作品であるが、面倒くさい(笑)ので、一挙に書いてしまう。この続編が果して出ているのかどうか不明だが、多分出ていても買わないと思う。話は小学生から老人まで読めるような読者層を狙っているらしいが、読みやすいがスリルさえもが大人しい。勿論物騒な話の展開にもなっていくのだが、家族一丸となって悪に立ち向かうという正義感に燃えた家族の話である。殺されるかも知れないなどという危険な展開にさえなっていくのだが、そんな事は屁とも思わない主人公達家族は、現実を直視していない。だから大人も楽しめる作品とは言いがたいものがある。正義の為なら家族の命さえ危険にさらす親がいるだろうか? 私には理解出来ないし、したくもない。そういう意味では荒唐無稽であり、爽快でもあるのだが、所詮作り物の世界であり、今の自分の社会とは隔絶した中身に没頭出きるような感覚がない。もちろんカウチポテト小説であるのだから、構わないのだが、なんだか本当に薄っぺらな感じがしてしまった。

2003/10/05
前回に引き続き、約1ヶ月後の更新である。最近本を読むペースは遅くなってはいるのだが、やっぱり溜まってしまう。休みの日にでもやればいいのだが、中々そうはいかないのが辛いところでもある。まぁ趣味でやっているのだから、無理を通す必要はないだろう。で、結局読み終わった本は、4冊しかない。今までのペースから考えるとやはり目が悪くなったせいもあるのだろう。もうメガネがないと本が読めない(涙)

○「義経はここにいる」井沢元彦作 講談社文庫刊
以前読んだかなぁと心配になりながらも、きっと読み漏れていたのだろうと古本屋で仕入れたが、主人公が平泉の金色堂の一字金輪仏を知る所で、昔読んだ事を思い出した(笑)一度読んだ推理小説なのだが、すっかり内容を忘れてしまっていて(年だぁ)結構新鮮な気持ちで読めたのだから良しとしよう(笑)でこれは「猿丸幻視行」に継ぐ彼の傑作推理と解説にもあったのだが、「猿丸幻視行」も読んだ事は覚えているのだが、内容をすっかり忘れてしまっている。確か「いろは」の謎なども含まれた読み応えのある作品だったような気もするが、別の作品と混同しているのかも知れない。そのうち読み直してみよう(笑)でタイトルにもある通りお墓がないという理由から、源義経は平泉で殺されなかったのかも知れないという説は結構あって、中国に渡ってジンギスカンになったというマコトしやかな話しもある位である。で彼は義経はどこで死んだのかが事件のキーとなるという推理小説と過去の歴史の謎とを駆け合わせた展開でストーリーが展開していく。だから推理小説というよりも歴史の謎を解くひとつの仮説が小説になっているといった作品である。

○「フランケンシュタインの方程式 短編傑作選ドタバタ編」梶尾真治作 早川文庫刊
なんとこれも早川文庫である(笑)やっぱり私はSFが好きなのだろう。でノスタルジー編の対を成す短編集である。ドタバタ編というだけあって、私はどちらかというとこちらの短編集の方が好きである。なんといってもオチが楽しいのだ。もちろん内容も展開も非常に面白い。読んで見ようと思っている人には悪いから内容は言えないが、「ノストラダムス病原体」なんてアンドロメダ病原体みたいに、宇宙からの微生物が地球に蔓延してしまうという設定でそれがノストラダムスの予言みたいに世紀末に起きるのだが、その病気の症状が凄い。もう凄いとしか言えない。これをいったら読もうと思っている人に申し訳ない。本当に楽しいです。作品集のラストの「地球はプレーンヨーグルト」はタイトルは知っていたが、どんな話しかまでは知らなかった。言ってしまうと、宇宙人が地球にやってきて、彼らとのコミュニケーションの手段が地球でいうところの味覚であり、彼らは身体を接触して分泌液を出すのだが、その味が言葉になっているというものなのである。そして地球という言葉がプレーンヨーグルトの味なのだ。その会話の為に召集された料理人達。そしてその宇宙人と会話する為に、味を見極める(言葉を理解する)老人などの登場人物の狂騒がなんともドタバタで面白いのだ。SFなんか読まないわという人でも是非これは読んで欲しい一冊である。

○「ヨブ」ロバート・A・ハインライン作 早川文庫刊
もう8年も前の出版の古本です。でも流石にハインラインと思わせるものがありました。もうこの世の人ではないけれど、「メトセラの子ら」や「人形つかい」などのもう古典SFといっても過言ではない作品を残した偉大なSF作家の10年程前の作品だ。そしてこれも旧約聖書ヨブ記のパロディである。なんだかパロディばかり読んでいるかも知れない(笑)文庫本で600頁を越えているから長編ではありますが、面白くて、結構さらっと読めてしまう。パロディとはいえ、私はキリスト教徒ではないから、元の作品?を読んだ事はないし、読みたいともあまり思わないのだが、こういう作品を見せられてしまうと、なんだか読んでみたいという欲求も起こってしまう(笑)話しは牧師である主人公が、世界一周の船旅を楽しんでいる最中に(と凄い設定ではあるのだが)ある南国の島で火渡りの儀式をしてしまう事になり、それからの生活が一変するというものだ。その一変がどう一変するのかといえば、次元を超えて違う世界に行ってしまうというもので、始めは自分の乗っていた船が変ってしまうし、知らない人達ばかりで、金持ちにもなっており、可愛い彼女さえ出来てしまう。しかし彼には妻がいるのだが…。その後その彼女と色々な世界に突然飛ばされてしまうという破天荒なストーリーである。ラスト近くでは神と悪魔とが登場するし、又その上の存在さえも顔を出す。十分に内容を吟味すればきっと興味深いパロディや主張があるのだろうが、そんなものは関係なくただただ楽しめる作品でもあった。

○「もう一人のチャーリー・ゴードン 短編傑作選ノスタルジー編」梶尾真治作 早川文庫刊
映画「黄泉がえり」からの読者であるから、元々のファンには申し訳ないが、私には新鮮な作家でもある。聞くところによると彼はちゃんと仕事をしていて、兼業作家だそうだから、偉いものだ。そして私よりも年上であるらしいから、私も頑張らねばならないなぁと思ってしまう(ってもちろん仕事をである)
タイトルにある「チャーリー・ゴードン」は最近ドラマにもなったし、文庫化もされているから、「アルジャーノンに花束を」のパロディでもあるというのは理解出来るだろうが、「芦屋家の崩壊」などというミステリー?などのタイトルも並んでいるからそれだけでも興味をそそられてしまう。で内容の方だが、ノスタルジー編とあるように、ハードSFではなくて、黄泉がえりの系列である感動物?SFである。タイトルの作品がこの中の代表的な(良質の)作品かといえば、話しの展開上あまり元の作品と変った雰囲気にはなっていないという点で、私にはそうは思えなかったのだが、他の作品は色々な作品のパロディをパクリ(言葉は悪いが誉めてます)ながらも本作とは違った味わいのある良質の作品に出会った喜びがあった。

2003/09/07
 久しぶりの更新で、読んだ本も溜まってしまった。忘れないうちにとは思っていたのだが、どうも更新がついていかない(笑)でも、何とか忘れないうちに書いてしまおう(但し読んだ順番は違うかも知れない)
○「戦鬼たちの海」白石一郎作 文春文庫刊 第5回柴田錬三郎賞受賞(古本)
副題には、「織田水軍の将・九鬼嘉隆」が付いていて、それまでは海賊ともいわれていた海の軍隊の話しでもある。「海王伝」などと比べてしまうと作品としては少し落ちる感じがするのは、きっと実在の人物が主人公で、歴史的事実を飛躍的に再構成するという技術?を苦手としているのかも知れない。とはいえ飛躍的に再構成してしまうとSFになってしまうか(笑)しかし話しとしては面白い。主人公が志摩の土豪から大名にまでなってしまうという出世物語でもある。最後には家康を敵としてしまうために、壮絶な最後(これは脚色だろうか?)を迎えるのだが、志摩の中でも回りの海賊達には煙たがれ、日本一の海賊だと言って信長のところへ売込み仕官してしまう。船に鉄板を張り巡らせたり、川を遡って船を座礁させ闘いを有利に進めたり、艦砲射撃らしきものを始めたりと戦闘シーンは味がある。だが、主人公が出世する為に結婚していた女性を側室にしてしまったり、陸戦を多く行い志摩を離れ家庭を顧みなかったりと、段々と海の男の匂いが少なくなっていく、最後まで海の男として描かれていない所がこの本の面白さでもあるのだが、それが逆に私には男を貫くというイメージのある歴史物の醍醐味を奪ってしまっているようで、少し残念だった。

◎「巷説 百物語」京極夏彦作 角川文庫刊
ついこの間本屋で、この続編とでもいうべき本が新書版で出ているのを見たから、きっと人気があった本なのだろう。確かにこれは面白かった。「小豆洗い」から始まる妖怪をテーマというか妖怪物を出現させた京極堂シリーズの江戸物とでもいうべきシリーズである。妖怪物と書いたのは、実際には妖怪は出てこないからだ。語り手は江戸に住み全国を回って取材をしている、今でいう怪奇小説家である。京極堂に該当するのが、小股潜りの又市とその仲間であり、語り手も結局仲間として働き始める。小股潜りというのは、いうならば詐欺師なのだが、今いうところの詐欺師とは少し違っていて、結婚相談もすれば、悪い奴らに一泡吹かせることだってするのだ(「嗤う伊右衛門」京極夏彦作を読めば解る)まぁそれでも彼らは金の為なら何だってやるというヤクザものなのだが、妖怪の所為だとおもわせながら、悪い奴らをやっつけるというストーリー展開になっている。彼らは妖怪なんかいる訳がないと豪語しているし、語り手もひょっとしたらそうなのかも知れないと思い始めているようだが、理解していない語り手にラストで説明するのが、事件解決の探偵役のように、推理小説仕立てにもなっている。しかし世間の人間には妖怪だと思わせておくという手段がなんとも楽しいじゃありませんか。これは是非読んで欲しい。

○「魔境物語」山田正紀作 徳間文庫刊(古本)
久しぶりの山田正紀のSF。多分昔読んだようにも思ったが、すっかり忘れてしまっていたし100円だったから買ってしまった。「まぼろしの門」と「アマゾンの怪物」の中篇2作から構成されている。「まぼろしの門」は魔境物というよりは明治半ばの頃の「西遊記」といった話しで、釈迦が生前に説いた教えを保持している幻の一族を探すという内容で、三蔵法師役の仏教研究家を助けるのが、猟師であり、博打打ちであり、芸者くずれの枕さがしという面々だ。チベットへ向かう彼らは、三蔵法師の為に命を落していくのだが、それがまた今までの生活とは違って、悟ったように命を投げ出していく。だからこの西遊記は途中で挫折してしまうのだが、壮絶であり感動的であった。もう一つの作品は、アマゾンに生息する未知の怪物の話しで、石油の為にそれを隠す政府と企業、それに対し国連の腰掛け部署に在職する人生どうでもいいやと思っている主人公が、形だけ謎を調べて来いと言われアマゾンへ行き、内緒にしておこうと思う話である。私はどちらかというと「まぼろしの門」の方がお勧めだった。

×「海神の裔」豊田有恒作 集英社文庫刊(古本)
「小説推理」と「歴史と旅」「歴史と文学」「歴史読本」などが初出の9話からなる短編集。歴史物が多かったが、読物(エンタメ)としては面白くない。歴史の裏側というか不思議を提示し、その謎を解明すべく仮説を提示したりしているのだが、それだけなのだ。「小説と推理」出展以外の作品は物足りなさを感じてしまった。これは読者を意識しているのか、出版社の意向なのかわからないが、残念としかいいようがない。

○「神々の黄昏(オリンポス・ウォーズ)」豊田有恒作 集英社文庫刊(古本)
神々と人間との闘いの話しである。登場する神々は日本神話ばかりでなく、世界の神話が出てきて、それが実は元々はひとつのものであり、世界的に地方色が出て違った名前になっていたりするという説のもとに成り立っている。その説だけでも面白い。主人公は航空自衛隊に所属する将校だが、戦術核の爆風で気付いた時には、スサノオノミコトになっている。意識が変る度に、ペルセウスになったり、オルフェウスになったりと、目まぐるしく神話の登場人物の役を割り当てられる。違ったストーリーに展開しようとすると、神々が怒るのだが…。とこれは神話の勉強には良い本かも知れない(笑)

2003/07/23
×「500年のトンネル」スーザン・プライス作 金原瑞人・中村浩美訳 創元推理文庫刊
「ハリー・ポッター」を制してガーディアン賞受賞なんていう帯につられて買ってしまったが、はっきりいってこの本は面白くない。タイムトラベル物ではあるが、これはSFではない、一応ファンタジーと銘打ってはいるが、これはファンタジーとも少し違う。どちらかというと出来の悪い伝奇物である。話はある企業が開発した時間旅行の道具「チューブ」(タイムトンネルもどき)を使って、500年前の過去と現代とを繋ぐのだが、企業であるからというか、利益をあげる為に過去の資源を利用しようとしたり、過去への旅行を企画したりと、とにかく金を儲けようとしている。現地への特派員という形で常駐している若い(というか稚拙な)言語学者が主人公役なのだが、この主人公は女性で、現代ではどちらかというとブスとして通っている。しかし過去では美人としてちやほやされているのだ。まぁ時代が違えば美人の規格も違ってくるのは当たり前なのだが、そういう訳ではないだろうが、この女性は現地人を恋してしまう。しかもめちゃくちゃ若い良い男である。彼の方も彼女の事を大好きであり、この男は現地人というか現地の部族のリーダーの息子である。この部族というのが、時代背景もあるのだろうが、略奪をして生計を立てているという部族なのだ。自分達部族に敵対する者は全てやっつけようとする。仲間は大切にし、敵には容赦しない。やられたら何倍にもしてやり返す。そういう魅力的な設定の部族なのだ。そういう部族に対して現代の人間がいいようにあしらおうとして、やり手の管理者というか悪役が、過去へ干渉しようとするわけである。彼への反対は即クビという状況であり、雇われている者の辛さなのだろうが、この主人公の女性の馬鹿さ加減が半端ではない。恋は盲目とはいうが、言語学者であるという事は、本来は人間を見るという力が必要だと思うのだが、この女性は、現地の人を自分の尺度でしか見れない。だから彼らの心情を正しく理解出来ないのだ。読者でさえ理解出来る彼ら部族の思いがこの女性には全然理解できていない。だから歯がゆいというのを通りこして、馬鹿野郎としか言えないくらいなのだ。だから逆にこの話は成り立っているのかも知れないが、やはりこういう馬鹿な女性が主人公というのは許せない。悪役である現代の管理者と彼の部下である警備主任の葛藤などは読んでいて面白いのだが、だからこの余計にこの女性の馬鹿さ加減が際立ってしまう。もう早く殺されてしまえよとさえ、思ってしまうのだ。過去に戻るという設定であるが、この過去に戻る為の原理は全然明かされていないし、何故500年前なのかも不明確である。過去を変えても現代とは別の次元(パラレルワールド)だから問題はないという設定も安易であるし、もう単純にストーリー展開だけの為のタイムトラベル物なのだ。本当に久しぶりにつまらない本を2冊も読んでしまった。

2003/07/13
○「クロノス・ジョウンターの伝説」梶尾真治作 朝日ソノラマ文庫刊
 タイムトラベル物である。もちろんSFだ。で、タイムトラベル物っていうのはSFの中でも非常に多くて、私も実は昔書いたりした事もあるのだが、これを読んだらムショウに書きたくなってきた。出来ないからこその話しであるし、科学的にそんな事は出来ないと証明されたなんていう人もいるけれども、やっぱりそこは夢の世界である。これはある企業が開発した機械(物質過去射出機)なのだが、完成した機械の始めての実験で10分程過去に、シャープペンシルを射出(タイムトラベル)させる。それが15分後位になって戻ってくるという結果が表れる。つまり過去へ物質を送り込む事は出来るのだが、それが時間からの影響で、それ以上未来へ戻ってしまうという機械である。実験を続けていく結果、過去へ射出された物質は10分程は過去に留まっていられるのだが、2乗分の未来へ戻ってしまうという事なのだ。しかも一度過去へ行った後では、それ以上過去へは戻れないというオマケまで付いている。こういう設定で尚且つタイムトラベル物につきものの恋愛を絡めてある。だからこそ面白い話しになっているのだ。話は実験台になる3人(とはいえ一人は勝手に使用するのだが)の話しと、外伝的に別のタイムトラベル物の4話構成になっている。しかしこの外伝を除くと、3話からなるオムニバスである。途中で過去へ留まる為の機械が開発されたりもするのだが、結局この機械は世には出ずに、工場の倉庫に眠った後、ある奇人の博物館に置かれている。始めは好きになった女性を大事故から救う為に過去へ戻る男の話しであるが、何度も過去へ戻る為に、おそらく男性は遠い未来へ送られてしまうであろう結末になっている。それ以外の2話については、過去で好きになった異性と未来で結ばれるという話しになっているのだが(ネタばれだぁ)この設定での意外性は楽しめた。上質のタイムトラベル物だろう。うん。これは読んで良かったぞい。

2003/07/06
 今回は一挙に3作品の掲載。忙しくてUP出来なかった(笑)
○「放浪獣(ながれじゅう)」上下巻 菊地秀行作 角川文庫刊
 これは少しエッチな本です。(というか菊池作品でエッチでない本ってあったか?)北海道から奈良までガードマンとして二人の傭兵を雇った女性とその子供が旅をするという話なんですが、時代は近未来の日本で、バイオレンスからオカルトやらホラー(もちろんエロスあり)とてんこ盛りです。なんでこんな所でエッチなシーンが必要なんだ、と思うほどの量には少し驚いてしまいましたが、東京スポーツでの発表だというのだから仕方がないのかも知れない(笑)傭兵の二人はメチャクチャ強いし、魅力的です。旅をする(未亡人)女性も何度も犯されそうになりながら旅をしていきます。古代の遺跡から盗まれた秘宝と、その遺跡の場所を知る為に、女性親子を拉致しようと画策する暴力団達。秘宝がもたらす地球規模の異変や、未知の技術。まるでピラミッドの呪いの様に出現するミイラのごとき、不死の巨人や、サイボーグ化された敵。もうはっきりいってめちゃくちゃな設定です。でもこんなに詰めこんでいるのに、話しはちゃんと終盤を迎えるから凄い。もっとも続編だって書いちゃうぞという感じの終りかたも楽しい。

△「ストロボ」真保裕一作 新潮文庫刊
 読み始めるとすぐ気付くんですが、なんとこの本は第五章から始まるんです。ラストは第一章になるんですが、これはミステリーとしてのトリックではありません。あとがきを読むと判るんですが、タイトルの「ストロボ」からも判るように、これは写真に関係した話しで、主人公はカメラマンです。その主人公が、アルバムを見るように、どんどん過去の自分を思い出していくという設定らしいです。しかし私には、この設定の為にわざわざタイトルを第五章から始めるという事への「コダワリ」が理解出来ませんでした。章ごとにどんどん昔の話しに戻るという方法は面白いとは思いますが、それは読んでいれば判ることで、何故タイトルにまでそうせざるを得ないのかという理由が判りません。話しは真保節とでもいうような良い話しばかりで構成されています。だからこの本は一般の読者には受けるかも知れません。でもひねくれた私には面映いものでした。なんでこんな良い話しばかりの人生なんだろうって不思議でなりません。奇想天外な破天荒な人生を歩む主人公が読みたい。

○「日本語の乱れ」清水義範作 集英社文庫刊
 日本語が乱れているという話しは良く聞くし、自分でも誤った使い方をしているのにも関わらず、全然OKなんて言われると、そういう使い方は違うだろうなんてツッコミを入れたくなってしまうのだが、この本はそういうツッコミを入れたくなる人向けの本だ。本の帯には、「笑いながら日本語を考察できる、前代未聞の小説集」とあるから、小説なのだろう。いや小説である。小説形式を使った日本語の多様性をおもしろ・おかしく学術的に(ではないが)解剖している。例えば、これを読んでいる貴方、この貴方という表現は、場所を表わしている(!?)あの「山のあな、穴あな…」じゃなくて、「山のあなたの空遠く、幸い住むと人のいう…」(カール・ブッセ作 上田敏訳 だったと思うが何せ中学の頃に覚えたから記憶が怪しい)あの「あなた」と同じなのだ。つまり、あなたもお前もそちもその方も、そこの奥さんも、方向だったり場所なんかを表わしているってな感じです。おぉっ、そういわれればそうだ。なんて日本語の面白さを再発見出来るという楽しい本でした。

2003/06/15
◎「13羽の怒れるフラミンゴ」ドナ・アンドリューズ作 島村浩子訳 ハヤカワ文庫刊
「庭には孔雀、裏には死体」「野鳥の会、死体の怪」に続くシリーズ第3弾。しかしこの作家のシリーズ物は、テンションが下がらない。文句なく面白い。今回も主人公のメグは、人に頼まれて色んな事をさせられている。彼氏の母親からの依頼で彼女は、毎年行われている記念祭の纏め役のようなことをやらされている。その記念祭が何とも可笑しい。植民地時代のアメリカの風習やら服装やらと、当時のままの人物になりきって祭りを行うのである。参加する人達は全てこの規則が適用されるから、当時の服装をしていない人にはレンタルで貸し衣装もあるし、行われた戦争の真似事の為に、大砲は一日中打ちっぱなしだし、軍人の格好をして、戦うというイベントまである。鍛冶職人であるメグは、職人仲間を集めてイベント会場で販売をしたりするのだが、見回りがいて時代考証にあっていない物を持ちこんだり、販売したりしている人には罰金まで課せられる。この時代には釘は無かったから、こういう作品はダメだとか、もうメチャクチャであるが、そこを何とかこじつけて、これはあの時代にはあったのだと言いきってしまう主人公は逞しい(笑)。行き交う人達は殆ど親戚というメグの回りには、彼女を頼って色々な相談も持ちかけられるし、いつになったら事件が起こるのかと心配してしまう程である(笑)しかしちゃんと殺人事件は起こってしまうし、タイトルのフラミンゴも殺人の凶器となる。ここに登場するフラミンゴは、メグが造った置物なのだが、当のメグは一生懸命造ったにも関わらず、プライトが許さないらしく、他人には目に触れないようにしている始末である。1作目の孔雀もほんの少し登場するが、これはご愛嬌であろう。今回のメグはラスト近くで彼氏のマイクルとなんだか良いムードになっているが、次の次の回あたりで結婚まで進みそうな気配がある。こういうのもシリーズ物の面白さだろう。既に次の回が楽しみだ。

○「拳獣団」菊池秀行作 朝日ソノラマ文庫刊
ソノラマ文庫での菊地秀行の作といったら、やっぱり「バンパイアハンター」シリーズと「エイリアン」シリーズであるが、この作品はエイリアンシリーズになるはずだった作品らしい。確かに内容的にはエイリアンシリーズに近い物があるが、登場する人物達は全然違うし、どちらかといったら子供向けというか、青少年向けの工藤物(タイトルは覚えていない)に近いのではないだろうか。というのも戦いのシーンが多いのだ。ここに登場する人物達の面白さもシリーズ物にしても良いだろうと思われる程に破天荒だ。大阪武専大の空手部の3羽ガラスとも言える伝説になっている人物達が登場する。主将が遣い込んだ金を補填する為に、トルコで風呂を建設しようと働いている従妹の要請で、妨害している人達をやっつけるという話しなのだが、この従妹も気の強い女性であるが、大人向けの話しならば、きっとエッチなシーンが沢山出てきそうなのだが、そこは控えてあって少し残念な気もするが、お色気ムンムンの女性だ(笑)建設予定地に出現した遺跡を無視して建設を進めようとする従妹と、それを売ってくれとマフィアが動いている。そんな中での戦いは、空手だけでなく色々な武術が登場するが、主人公達は強い。メチャ強い。その強さが爽快だ。もちろん簡単に勝たせてくれる相手ばかりではないし、不思議な現象も起こる(エイリアンシリーズもどき)ラストでは、続きがあるのだと思わせるような展開になっている。是非続編が読みたくなってしまったが、これに続編はあるのだろうか?

2003/06/05
◎「外谷さん無礼帳」菊池秀行作 朝日ソノラマ文庫刊
知らない人はいないだろうと思われる菊地作品だが、少しというかかなり毛色が違っている。だから後ろからとかお尻とかいった、あのエロいシーンは出てこないし、おの妖しい、おどろおどろした粘着質の化け物も出てはこない。そりゃソノラマ文庫で子供向けだからだろうと思って、馬鹿にしてはいけない。これは傑作です。いや怪作か(笑)高校1年生の主人公は、四国では有名なワルだったのだが、神奈川の親戚(叔父)の家に居候をする事になる。そこでこれからは真面目に勉学に励もうとするのだが、そこには同じ年の女の娘がいるのだ。しかし、それがなんと河馬。もとい河馬と見まごうばかりのデブなのである。タイトルの外谷はトヤと読むのだが、居候するその外谷家は肉屋から財を築いた金持ちで、手広く商売をやっており、金融から遊戯まで幅広い。だからその地域の人達はなんらかの恩恵を受けている。そしてそのデブ(外谷順子)は、まさに化け物なのだ。喧嘩は強いし、食事もバケツで食べているのではと思われるような、スンゴイ人間(いや河馬)なのだ。でそのデブは何とも憎めない性格でもあって、学校には親衛隊までいるという設定である。もちろんそれに対抗した反外谷グループも存在する。登場人物の個性といったら、こんな奴は絶対いないと保証出来そうな凄い奴ばっかりである。しかもその文章たるや、お笑いなのだ。例えば、途中に登場する主人公を好きになる女性がいるのだが、主人公に対し言い訳をするのに、「母は病気で寝たきりです」と言っていたのに、次には「最近新しい恋人を作っていつも朝帰り」なんていうのに「男と朝帰りする寝たっきりの母さんの病気ってなんだ」と突っ込むと「色情狂」ってな感じで、どんどん話しは進んでいくんですよ。思わず声を出して笑ってしまうシーンが満載です。もうこれは読むしかない。でも14年も前の出版だから、今では廃刊かも知れない。是非古本屋で探してみよう(笑)

2003/06/02
◎「どぶどろ」半村良作 扶桑社文庫刊(昭和ミステリー秘宝シリーズ)
半村良の作品は好きでよく読むのだが、この本は避けていた。というのも人情話というものが好きではない私は、この本もてっきりそういった類の本だと思っていたのだ。だから「岬一郎の憂鬱」も読んではいない。傑作と名高いこの本(SF)も読みたいのだが、古本屋にも無い。で、古本屋で見つけたこの本もまぁ安いし、たまには人情物でも読んでみようという気になって読んだのだ。それと本の最後の方に書いてあった「昭和ミステリー秘宝」という言葉も気になった。で結局これはミストリーだった(笑)「いもむし」「あまったれ」と始まる8話からなる連作で、ラストの「どぶどろ」の前までは完全に江戸下町の人情物であり、登場する人物が少し関係していたりするものだから、あぁテレビの連続物なんかにいいなぁ、と思っていたら、ラストの「どぶどろ」では、今までの話しが全部関係していて、しかもスリルとサスペンスなのだ。これは凄い事である。もちろん全体の構成を考えているのだろうが、途中までの人情物としての読物(短編)としても面白いのに、全体を纏めてミステリーにしてしまうなんて、スッゲーとしかいいようがない。今まで半村良を読んだことがない。なんて人は○○伝説なんていう本も面白いのだが、是非この「どぶどろ」は読んで欲しい一冊です。

2003.06.01
 大分サボってしまったので、今回も2冊同時掲載です(笑)
○「蜃気楼・13の殺人」山田正紀作 集英社文庫刊
くしくも同じ出版社が続いてしまった(笑)久しぶりの山田推理物である。元々SF作家であった彼の作品は大好きだったが、推理小説を書き始めてからは少ししか読んでいない。しかし彼の推理小説は面白い。好きである。この作品は探偵(別のシリーズで探偵役になる風水林太郎)が登場するが、これは解説を読むと、文庫化になった際に加筆訂正されたらしい。という事でも判る通りこの作品には明確な探偵は登場しない。探偵が登場しないとはいえ、読者にはもちろん謎は解き明かされる。探偵不在の推理小説というのは好きだし、探偵なんて本当に今の時代必要なのかという思いもある。確かに個性的な名探偵が登場してシリーズ化してしまえば、本は売れるだろうし、読者だってとっつき易い。だけれどもこの小説は、探偵がいないという事でシリーズ化は無いのだ。もちろん「○○○・14の誘拐」なんていうタイトルにしても良いのだろうが、同じ登場人物は作品の内容から考えると、出せないのだから、シリーズ物とは言えなくなってしまうだろう。で、話しはある男が東京での生活に疲れ、家族と田舎に移り住んで農業をしようと、ある村にやってくるところから始まる。その村は若い者も少なくなり、過疎が進んでいるのだが、村人達は閉鎖的であり、中々とけこめそうもないなぁと感じられるのだ。そんな中、村おこしの為に開かれたマラソン大会でコース事態が密室ともいえるところで13人の人が行方不明になる。主人公は村にとけこもうと参加しているが、その13人のうちの一人がコースの途中で苦しそうにしているのを目撃し係員に連絡するが、その場所へ戻ると消えてしまっているというところから、自分でこの謎を解けば、村の仲間にして貰えるだろうと、奮闘するというものである。しかし、この村の仲間になりたいが為に行う行為なのだが、奥さんや息子を無視し精神的にも追い詰められているという設定での調査となっており、何の為に東京から移り住んできたのかという必然性とでもいえるものが、少し弱い気がしてしまった。勿論その理由についても随分書かれてはいるし、精神的に少しおかしくなっているらしい様子も判るのだが、きっと幸せなのだろう私には、その辺のところが少し納得しずらかった。ただ主人公のミスディレクションはこっちも調べろよとかそれは違うだろうというツッコミを入れたくなってしまったが、謎の面白さは十分に堪能出来た。マラソンでの失踪ばかりでなく、大きな空き地でのトラクターの下敷きになって死んでいる男の回りには、トラクターの跡がなく、トラクターが飛んで来たのかなどとも思える謎の回答は、途中ご愛嬌ともいえるミスディレクションをするが、ちゃんと正しい解答が得られて読者は安心出来る。探偵不在推理小説というものを試してみたい人にはお勧めの一冊だろう。

△「おれは非常勤」東野圭吾作 集英社文庫刊
学園物連作短編推理小説。と漢字ばかり(笑)学園物というよりも小学生物とでもいおうか、登場する学生は小学校5年生くらいである。で、内容的にも小学生向けの話しであり、大人の鑑賞に堪えうる程の内容とはなっていないのが残念だ。と思って本の後ろを見たら、学研の「5年の学習」や「学習・科学5年の読物特集」が初出だった。連作は2つのシリーズから構成され、非常勤教師の「おれ」が主人公となり、色々な学校での事件を解いていくというものと、小学校5年生の竜太少年が主人公となって事件や不思議な事柄の謎を解くとういもの。大人の鑑賞に堪えうるものでないと言ってしまったのは、この話しには毒がないという事だ。ストーリー展開はまぁまぁだが、トリックは稚拙である。とはいえ判らないトリックだって勿論ある。でも読者が小学生という事を意識している為だろうか、話しの厚みとでもいうべき、何かが足りないような気がしてしまう。それがエッチな描写だとかというのではなくて、社会への批判とか生きるという事の大切さとか、なんだかよく判らないが、そういったもののような気がする。まぁ短編で推理小説で、という形式になるのだから、仕方がないといってしまえば、それまでなのだが、でも物足りなさを感じた。しかし私も塾なんかへ行くという感覚がなかったからだろうが、中学生の頃には「中○時代」とか「中○コース」なる物を付録が目的で買っていた時期があって、付録には短編小説がよく掲載されていた。考えてみると当時のそういった作家には、筒井康隆とか、光瀬龍、眉村卓などといった、今考えてみれば大御所ともいえる人達が多い。それを考えると東野圭吾も何年後かには大御所と呼ばれる人になっているのかも知れない。こういう人達が子供に与える夢とか小説が好きになるといった「きっかけ」になるだろう事は、良いことだろう。こういった雑誌を作っている人達には、頑張って欲しいなぁと思ってしまった。

2003.05.21
△「南海放浪記」白石一郎作 集英社文庫刊
この作家の海洋小説は面白いのが常だと思っていたのだが、この作品はそうでもなかった。というか期待していた成長小説? というか人間として大きく育っていく小説としてはピンと来なかった。確かに主人公は少しづつ成長していくのだが、その成長度合いは破天荒なものではなく、どちらかというとどうでもいいやというナゲヤリとも思える主人公の流されて生きているような態度は今までの小説とは違っていて、それはそれで面白いと感じる人もいるのだろうが、私は折角金を払って大衆小説を読んでいるのに、文学を読まされている風に感じたからだろう。文学とはいっても表現が素晴らしいとかどろどろの愛だとかが出てくるわけではないが、ラストで日本に帰れなくてもこの人と一緒に暮らしたいと言って日本に帰れる最後のチャンスを投げるというその心根が、なんだか今までの話しの展開からは納得できなかったからだろう。まぁそれだけ主人公が成長したという事なのかも知れないが、私にはどうもこの話しは好きにはなれない。話しは江戸時代初期であり、御朱印船も鎖国政策のせいで廃止され日本に帰れば死罪になろうという時代に、日本ではうだつのあがらない若者が外国で成功しようと、なんとか舟に水夫として乗込み、東南アジアを渡り歩くというものだが、当時の東南アジアの情勢などは、目新しく感じるものもなく(他の本で知っているような内容ばかり)主人公が体験する事柄が確かにタイトル通り放浪していく姿を記録していくだけのものだ。数奇な一生とは書いてあったが、わずか5年ほどの記録であり彼がこれからどんな運命を背負っていくのかも不明のままである。多分歴史に埋もれていくだけの突出した事件もないものなのだろう。まぁだからこそこの話しはここで終わっていて、後は読者に余韻を楽しんでもらいたいという事なのかも知れないが、まぁこの時代の東南アジアがどんな情勢だったのかを知らない人には面白いかも知れない。

2003/05/18
○「サムライの海」白石一郎作 文春文庫刊
16年前の発刊ではあるが、未だに書店に並んでいる。やっぱり時代小説というのは息が長い(とはいえ、古本屋で100円で入手) 話しは幕末で、勝海舟や坂本竜馬、高杉晋作、それに主な舞台が長崎だけあって、グラバーも登場する。とはいえ、彼らの意見に賛同し、幕府と戦うわけではない。この主人公は、鯨を獲る為に奮闘する。主人公は、弟子が何千人もいるという著名な砲術家が父なのだが、政治の問題から捕まる際に逃がした女性との子であり、いって見れば妾腹の子である。父が余りにも有名で、色んな人から尊敬されているのもあって、主人公も少しは優遇される立場にある。もっとも自分ではそんな境遇が好きではなく、父を嫌っているし、腹違いの兄達とも付合いたいとは思っていない。そんな彼の夢は「いつか蒸気船で漁をしたい」というものだった。ひょんな事から勝海舟の海軍伝習所へ入る事が出き航海術を学ぶが、遭難して流れ着き助けられた島は、捕鯨で生計を立てている所だった。そこで父の名前から、是非にも鯨を獲る為の銃を開発して欲しいと要望され…、とまぁこんな感じの話しである。捕鯨というと昔からの漁だと思っていたが、江戸時代でさえ鯨を食べる人達は少なかったようだ。薬として使用されていたらしい。となると私が好きだった小学校の給食に出てきた鯨の竜田揚げなどの料理は、近年のものなのかも知れない。アメリカが日本に開国を迫ったのも、捕鯨の為の基地を設けたいという事もあったとの事であったが、読んでいて、鯨油とヒゲ以外は捨てていたという外国の漁と比べて、捨てるところがないという有効的な使い方をする日本との文化の違いから、捕鯨反対運動などで鯨を食べられないという。身勝手な外国人達の気持ちに憤りを感じてしまった。鯨が絶滅の危機に瀕しているからだという理由付けではあるが、今では増え過ぎて困っているという話もよく聞く。まぁとにかく捕鯨の話しである。主人公はモテモテであり、綺麗な女性達から好きになられる。しかし主人公は、恋に生きるのではなく仕事に生きている。だから彼女達の気持ちが判らずに、彼女達を傷つけてしまう。そんな事なども交えながら、主人公が捕鯨の今後のあり方を模索していくストーリーはまさに骨太の青春小説である。面白かった。

2003/05/11
 随分怠けて、2冊同時に更新です。
○「ちょっとエッチなショートストーリー」菊池秀行作 講談社文庫刊
最近読んでいない作家だが、古本屋で百円で手に入れた(笑)で、手に入れた理由なのだが、最近私の書く作品が、「艶笑小説」と呼ばれた事があったからである。なんとも色っぽい名前であるが、確かにお笑いと下ネタ(表現力のせいでお色気までは届かない)が多いのもあったし、そういう話しも嫌いではない(というか好きだ)からだろう。で、流石に菊地秀行である。面白い。そして笑える。流石にプロの作家だけあって、我々が書く話とは違って、多分自分ならばこの段階で終わらせてしまうだろうと思うところを、いくつも越えて変化を持たせている。つまりオチの持って行き所が少し違うのだ。ちょっとひねり過ぎて、私には遣り過ぎだろうとか、オチが同じ系統だと思える話しもあって、全ての作品が上出来とは思えなかったが(偉そうに批評してしまう)14作品もあれば、仕方がないかとは思う。まぁ正価で買ったわけではないが、これは百円では安い過ぎる買物だった。

△「ドグマ・マ=グロ」梶尾真治作 新潮文庫刊
映画「黄泉がえり」のヒットもあっての過去作品の文庫化である。で、流石にSF作家らしく、異次元というかパラレルワールドという設定を利用した話しであるし、話しはSFなのだが、ハードSFではない。これはSFとはいえ、怪奇SFというかSFホラーである。まぁ幻想怪奇小説と思って読めばストレートに面白さが味わえると思う。話は戦前からある病院が舞台で、そこで新人の看護婦が始めての夜勤を経験するのだが、そこには首無し軍人の幽霊が出ると思ったら、異様な人達が活動している。同じ夜勤になる看護婦の婦長だけでなく、痴呆症などで入院している老婆達や、緊急入院していた、よく大型のバンなどで、軍歌を流しながら走っている車に乗っている人達の親分だったりと、登場人物達の個性も面白い。そしてもちろん各個人の性格や人間としての面白さもあった。しかもラスト近くで判るこの舞台となった世界が、今我々が住んでいる世界ではなかったという驚きもあったのだが、それ以降の展開はあっけなかったし、不満が残ってしまった。それまでの面白さがあったからこそなのだが、もう少しなんとかして欲しいラストである。だからこれは本当は○なのだが△にしてしまった。古本ならば文句なく○である(笑)しかしタイトルは、もちろんあの有名な「ドグラ・マグラ」からとっているが、あの作品は若い頃に一度読もうと思って途中で挫折している。そのうち読まなければなぁと思ってしまった。

2003/05/01
△「フクロウは夜ふかしをする」コリン・ホルト・ソーヤー作 中村有希訳 創元推理文庫刊
 2作目は読んでいませんが、シリーズ物の3作目。昔ホテルだったところを改装して出来ている「海の上のカムデン」という老人ホームが舞台の推理小説。だから登場する人達は殆どが老人であり、登場する警察の人達も子供扱いされたりする。1作目は気にいっていたのだけれども、今回は1作目から比べるとテンションがかなり低い。もっとも老人ホームでそんなに殺人事件が起きるという設定も難しいだろうし、金持ちしか入れない居心地のいい施設を誰も離れたく思っていないという設定だから、仕方がないのかも知れない。登場する老人達は個性も強く魅力的で楽しいのだが、推理小説としてのストーリーは面白くない。身体に無理をしても動こうとする人達は少ないし、あまり行動的でないのが原因かも知れない。もっとも途中では行動力のある所を見せるシーンもあるのだが、それだって、車である人物に会いに行くというだけのものだ。老人ホームに入るくらいだから、いつ死んでも不思議はないような人達ばかりだから、仕方がないと言ってしまえばそれまでなのだが、1作目が面白かっただけに残念だった。もっともこの本だけ読む分には今までの老人達の活躍?が判らない分楽しめるかも知れない。

2003/04/17
◎「ホビットの冒険」上下巻 J.R.R.トールキン作 瀬田貞治訳 岩波少年文庫刊
 前から読もうと思っていて中々読めなかった小説でしたが、面白い。「指輪物語」が映画化された時に結構書店にも並んでいたんだけれども、そのうち読めるだろうと思っていたら、いつの間にか消えてしまって手に入らなかった。指輪の2作目でやっと書店で見つけ早速買ってしまいました。しかしこれは岩波少年文庫というくらいで、普通の文庫本のサイズと違い中々通勤時間帯に読むとういのは難しい。とはいえ読んでましたが(笑) 以前この作品のパロディである「ノービットの冒険(ゆきて帰りし物語」(2002年のこんなの読んだ参照)でも触れましたが、この作品を読んであの話しが本当に忠実に宇宙物としての作品に置きかえられていたんだなぁと思いました。日本に紹介されたのが1965年だといいますから、もう40年近く経ちますが、それでもこの話は古く感じない。流石に大人向けの「指輪物語」とは違い、この作品は子供向けの設定としての話になっていますが、それでもやっぱり面白い。冒険っていうのはやっぱりこうありたい。主人公のビルボが「指輪」のフロドよりもサムに近いのが私には嬉しかったし、短い(とはいえ2冊だけれども)のに舞台設定が凄まじい。それでも何の違和感もなく、その場面がすんなりと入ってくるのは、訳の妙でもあるのだろう。だから登場人物になりきって読めるし、それだからこそ一緒に冒険して成長し、感動を生むのである。だから読み終わった後に、もうお終いなのと思ってしまう。今は亡き瀬田貞二さんに合掌です。

2003/04/08
○「タイムクエイク」カート・ヴォネガット作 ハヤカワ文庫刊
 ヴォネガット最後の長編と銘うった小説。もちろん知らない人もいるだろうが、SF作家だが、少し毛色が変っている。本作は「タイムクエイク2」であって、「タイムクエイク1」を下地にして、書きなおした作品らしい。「タイムクエイク1」というのは、2001年2月13日に時空連続体に異常が発生し、世界は10年前に戻ってしまう。しかもその事をみんな意識はするのだが、今までと同じ歴史を繰り返し、人は何も考えることなく(意思はなくとも)同じ道を繰り返すしかなくなる。その10年間は誰もがデジャブを意識しているのだが、それを口にすることも出来ない。その間に死んでしまったりしている人がその歴史を変えようとしても、もちろん同じ事を繰り返すだけだから、出来ない。そうやって世界中の全てがリプレイをする嵌めに陥る。その為にタイムクエイクが発生した後へ進んだ世界は混乱にみまわれるという話しなのだが…。そういう話しだけでも面白そうだとは思うのだが、この作家はそれを没にして、その面白さを脇役に徹しさせ、主人公(作者本人の別人格)のユーモアたっぷりのエッセイ集とでもいうべき作品になっている。主人公は作家だから、今までの没にしてきた作品を自分でこき下ろしたりしているし、その短編作家である主人公の作品も少し紹介される。もちろん現実の話も沢山登場する。なんでもヴォネガットは、この作品を最後に断筆宣言をしたようで、この作品は今まで書いてきた作品群の最終章だという事らしい。もう既に80歳という高齢の作家だが、映画化されている作品もあるし、文章の中のユーモアとニヒリズムが楽しい。明るく笑って読めます。始めは少し読みずらかったんですが、というのもタイムクエイクしているからか、時代があっちへ飛んだり、こっちへ飛んだりと忙しい(笑) しかし、読み始めるとやっぱり引き込まれるてしまいます。私はどちらかというと、こういったエッセイのようなものって好きではないんですが、これはエッセイではなくて、短編を随所に散りばめた、風変わり(新しい試み?)な小説です。何だか彼の作品を昔の物から読みなおして見たくなってしまいました。彼の作品って少しくせがありますから、あまり読んでいなかったのは事実ですしね(笑)

2003/04/02
○「混沌(カオス)の城」上下巻 夢枕獏作 光文社文庫刊
 この前に読んだ「黒塚」が面白かったのと、読み始めた「タイムクエイク」が読みづらかったのもあって、近くのBOOKOFFで買ってしまった(とはいえ、歩いて30分) 場面は、織田信長の延暦寺攻めから始まる。そこから逃れる僧に化けた忍者が「秘聞帖」なるものを持ち出すのだが、それを狙って別の忍者が姿を見せる。しかしこの忍者、荒唐無稽の忍術を使うのだ。宝は結局追手の手に…。時は流れて、今から数えても150年ほど後(いくらなんでも、流れ過ぎ) 21世紀初頭に起こった災害(実はこの災害は天災ではなく、後で人災と解るのだが…)で地球規模で生態系から何から見事にメチャクチャになっていて、普通の人間だけではなく、動物の遺伝子さえも入っているのではないかという人間?まで普通に暮らしている。そこに実の父を殺してくれと頼まれた主人公である武蔵というガタイの良いめちゃくちゃ強い男が背中に刀を背負って登場。実の父を殺すのは何故か? 螺力(いうならばフォース)を持つ敵は出現するわ、ロボットみたいな敵もいるわ、まるでサラリーマンみたいなスーツを着たよく土下座する敵も出てくるし、登場人物の個性もストーリーの不思議さも、少しエッチなところも、時代劇みたいな戦い方も、もちろんアクションシーンも、舞台設定はなんだか少し雨宮慶太監督の作品(時代劇みたいな雰囲気があって、しかし機械化は進んでいる)みたいな気もしてしまうが、これで面白くないわけがない。というくらいにふんだんに盛りこまれているのだが、何故か冷めた感情がある。物語の途中に出てくる螺旋(よく山田正紀の小説に出てくるあの不思議な力を持った仕組みです)のせいなのかも知れないし、話は舞台となる金沢から、やっと京へ向かうという所で終わってしまうのだが、これから始まる大きな序章のようにさえ思えるからかも知れない。だって敵役の親玉ともいえる人物は回想シーンにしか出て来ないし、地球は未だに救われていない。これからやっと武蔵が螺力を身に付け、使い方を覚えながら戦って、何百年後かにぶつかってしまう月を止めるべく、大螺王を操らなければならないというのに、まだまだちょっとしか話しは展開していないのだ。この話しが果して最後まで書かれるのかどうかは解らないし、本として纏められる際の見なおしさえもされていない(だってウルサイくらいに登場人物の紹介が入るのだ)から、きっと作者はこの作品は傑作だとはいっても、まだ書き終えていないからこその事だろうと思われる。早く続きを書いて、読んでみなければこの作品の評価は出来ないだろう。

2003/03/19
◎「黒塚 KUROZUKA」夢枕獏作 集英社文庫刊
 最近彼の小説を読んでいなかったが、久しぶりの夢枕獏の小説。本の帯には、「一千年の時空を超えた壮大な伝奇ロマン」とある。そして話しは源義経が、鎌倉からの追手に追われ、弁慶と一緒に東北に逃れる場面から始まる。落ち延びたところは、若い女性が一人で暮らす森の中。しかも彼女は奥の部屋を覗いてはいけないという。…もちろんタイトル通りの「黒塚」鬼婆伝説である。律儀にも奥の部屋を覗かない義経と弁慶であったが、病気になった義経は暫くそこに逗留し彼女と恋仲になるのだが、とうとうその部屋を覗いた時に、その部屋では男が天井からぶら下がっており、彼女はその男の血を飲んでいる。そこへ義経討伐の追手が襲って来て、彼女は義経を好いており、義経はは彼女と逃避行。しかし義経は切られているので虫の息。彼女は実はドラキュラのような体質で、仲間になるなら助かると、義経を仲間にするが、そこへ偵察に行っていた弁慶が戻る。しかし何と弁慶は義経の首を一刀両断。…と何とも凄い導入部だ。もっともこれは十三幕からなるニ幕目。幕というだけあって、元は戯曲として書こうとしていたらしい。それから時は流れ流れて、小惑星が地球に衝突し、その影響もあって誤って発射された核ミサイルで、地球は無政府状態で生き残った人類も変り果てた姿をしていたりする世界になっていた。しかも始めの女性(黒蜜とか蜜夜とか魂蜜などと名前は変るが同一人物)を執拗に狙う組織もずーっと続いてあって逃げ回る。こういう舞台設定で、ドラキュラ物で、しかも黒塚(安達が原)なのだから、面白くない訳がない。義経(クロウ)と黒蜜(始めの女性)との恋の物語であり、彼らを取り巻く男女間の想いがスプラッタばりの血しぶきと一緒に、交錯していく。八百比丘尼伝説が出てきたと思うと、ラストにはとんでもない事実(流石にこれは書けない)が判ったりと凄いの一語に尽きる。文庫本で600頁を越える長編だが、面白くてぐいぐい読めてしまった。血を吸うだけで吸血鬼になってしまうという設定でない、これこそが正しい解釈と思えるような仲間の作り方も良いし、思いがけないラストは感動さえ呼ぶ。これは絶対に面白い。

2003/03/16
△「Pの密室」島田荘司作 講談社文庫刊
 久しぶりの御手洗潔出演のニ本立ての推理物である。しかしここに登場する御手洗は、1作は幼稚園児であり、もう1作は、小学二年生という少年とさえ呼べないような年齢であって、「きよし君」とか「きよしちゃん」などと呼ばれる子供である。子供であるが故に推理してもバカにされるという葛藤もあるのだが、現在の探偵としての本領は発揮されている。いくら現在では奇異とさえ思える性格の彼でもこの頃は流石に子供としての体裁を保っていて安心した。大人である現在の彼の性格が形成された要因ともいえるこの幼少時代はファンにとっては堪らない話しではある。だが推理小説としての完成度からいったら、幼稚園時代の話しである「鈴蘭事件」の方は少しレベルが低かった。現在本格推理のトップレベルであるはずの作家の作品とは思えないような謎だった。まぁ幼稚園児だから、これはこれでいいのだといってしまえばそれまでだが、少し残念ではある。小学二年生の時の事件「Pの密室」は、流石にプロが書くだけあって、推理しようとする意欲を無くす書き方であり(笑)ただ読み進んでしまう。私の場合、どうも密室トリックというのは、考えるよりも先に本編を読んでいってしまうから、あぁなるほどそういうトリックなのか…、などという解こうとする気が失せてしまうのだ。だからトリックを当てるという読み方を考える事がない分、物語の面白さに目がいってしまう。どちらの作品も、弱者に対する暖かい目があって、その為に幼稚園時代の話しでは、殺人を犯した人間を見逃してしまうし、小学生の時の事件では、間違って捕まっている人間を救うために必要だと説得されて、仕方なく真犯人を刑事に教えるという行動を起こす。そういった御手洗潔の生立ちを通じて、犯罪は悪いが、弱者を救う方が大切だという彼の心根のようなものが見えくる。御手洗ファンにはだからこそ、面白い1冊となる本ではある。

2003/03/05
△「新訳 ピノッキオの冒険」カルロ・コッローディ作 大岡玲訳 角川文庫刊
 多分もうすぐ始まる映画(なんでも原作に近い形で作ってあるらしいが…)の為もあっての出版だろうが、「星に願いを」で有名なディズニーのあの話しは好きだが、原作はどんなだろうと思っていた。話しの大筋はディズニーアニメに近いが、雰囲気は全然違う。なんだか小さな子供と一緒に観る映画ではないなぁ…。なんて思ってしまった。120年も前の作品だけあって、流石に「古典」というに相応しい。子供向けのお話というよりは、大人が子供向けにはこんな話しが面白いだろうと考えて書いた感じの話しだった。読んでいてサーカスの場面なんかが出てきた時に、なんだか小さい頃に見た記憶があるなぁと思ったから、ひょっとしたら劇か何かで昔見たのかも知れない。あやつり人形であるピノッキオを見ても、誰も奇異に思わないのを筆頭に、ピノッキオはどんな動物とも話しが出来るし、物を言うコオロギは出てきて直ぐにピノッキオに殺されてしまうし(後で生き返っているのだが…)結構残酷なシーンも多い。それに気になったのは、俗にいう不良に対し、ピノッキオは他の人と分け隔てなく友人として付合うのだが、他の人達は完璧に偏見の目で見るという、現代(というか日本)での人に対する接し方の指導方法とは又違った形である。そして童話にありがちな、教訓的な事柄については、大人のいう事はよく聞こうなどというどちらかというと当たり前というよりは、そんな事いうのは今更無いだろうと、現代では思われる様な内容が随所に出てきて、やはり「古典」だと突っ込みたくなってしまった(笑) しかし解説を読むまで「母を尋ねて3千里」なんかが途中の話として出てくる「クオレ」を書いた作家だったというのを知らなかった。中学の頃に読んだのになぁ(笑)

2003/03/02
◎「シャドウランド」上下巻 ピーター・ストラウブ作 大瀧啓裕訳 創元推理文庫刊
 ミスターXに続く、2作目の邦訳物。ミスターXもそうだったけれども、今回の作品も判り難い(笑)というのも、ストーリーは、現在と過去との話しが交互に出てくるのだが、この現在部分の語り手と少年時代の語り手とが違うから少し混乱してしまう。特に外国物の作品では名前というのが覚えられない私にとっては、これは少し辛い。でも話しはとーっても面白かった。マジシャンになりたいと思う少年達の一夏の事なのだが、このマジシャンとは単なる奇術師ではないのだ。神霊治療も出来れば、勿論空を飛ぶことも出来る。いうならばマジシャンとは何でも出来る超能力者である。このマジシャンと過ごす少年達の後半部分の夏休みがメインになっている、だから前半部分はその夏休みに起こる事柄の下地ともいうべきものだ。もちろんこの前半部分で起こる事件などは、後半にどうしても必要となってくる事柄なのだが、それはひょっとしたら昔の私立の学校ならばきっとこうなのだろうと思われる学園生活なのだ。しかし後半部分のなんと凄い展開だろう。マジシャンに憧れていたのに、マジシャンの、目的の為には手段を選ばない悪魔とさえ言える行動。その悪魔的行動の為に、マジシャンは悪い魔法使いという意味にさえ捉えられるのだが、そんな事に気付いた少年達が脱出しようと試みるシャドウランドと呼ばれる住まい。途中に出てくるマジシャンが話す寓話。どうなるのか見当もつかないラストの展開。現在と過去との語り手が違うと気づいた時点では、なんだかそれさえもがトリックなのかと思わせるストーリーが、はらはらドキドキである。もうこれは読むしかない。

2003/02/06
○「黄泉がえり」梶尾真治作 新潮文庫刊
 映画は原作と随分違うという話があったので読んで見た。結果は随分違ったのだが、それはここではいいだろう。日本SF大賞も受賞している作家ではあるが、最近私は日本のSF作家の作品を読んでいないせいもあって、彼の作品はこれが始めてだった。でSFとしてはどうだったのかというと、どんな分類のSFだろうかと考えたのだが、いま風というか推理小説にもいえる事だが、別に書きたいものがあっての土台がSFという設定を使っているだけで、私にはSFとしての作品とは思えなかった。まぁ黄泉がえりをする理由はちゃんと説明されているし、その理由も壮大ではある。SFらしい理由付けもあるしラストで発生するであろう大地震がどうなってしまうのかという興味もちゃんと引き継ぎながらのストーリー展開も面白いのだが、人情に訴える作品というか泣かせる為の本になっているせいもあるのだろうが、ただのエンタメ作品である。もちろん私はただのエンタメ作品が大好きだから、文句はない(笑)。ただ私には何となく昔のドラえもん映画のストーリー展開のようにさえ感じてしまう。それだけ設定がノーマルなのだ。意外性が少ない。確かに映画化されただけあって、面白いことは面白いのだが、何か物足りなさを感じてしまった。

2003/01/31
 Q書房の6000字と1000字(結局3000字は諦めた)それに投票もあったんで、書けなかったが、2冊読了(笑)
○「魔天忍法帖」山田風太郎作 徳間文庫刊
 風太郎の忍法帖物は全て読んだと思っていたが、これは読んでいなかった。彼の作品はタイトルが変わって再文庫化なんていう作品もあって気を付けていた(笑) 相変らず登場する忍者の忍術は破天荒なもので、そして少しエッチであって楽しい(笑)中学生の頃におじさんが家に忘れていった単行本の「伊賀忍法帖」だったかを始めて読んでその内容の新鮮さと少しのエッチさ加減にびっくりしたものだったが、その感動を今でも味わえるというのは大変なものだと思う。話しは主人公の忍者の平太郎が、初代の服部半蔵のいる過去に戻って(とはいえ未来なのだが)活躍したいと願い、タイムワープしてしまうというものである。しかもついたところでは、徳川家康が殺されてしまう。殺したのは何と石田三成。ちゃちゃ姫と千姫を救出した猿飛佐助と共に大阪の豊臣秀吉の所へ向かうという、始めからどうなるのという歴史改変物である。もう登場する人物も戦国時代の有名な武将達だけれども、知っている歴史と違うから展開が読めない。そこがまた楽しい。たまにはこういったおバカな話しも(タメにはならないかも知れないが)面白い。

○「風を見た少年」C・W・ニコル作 講談社文庫刊
 アニメ化されているのは知っていたし、ビデオ屋さんにも作品があったので借りようかどうしようか悩んでいたが、「BOOK OFF」で見つけて買ってしまった(笑)話しの内容は、まるで「風の谷のナウシカ」のような軍事政権を持つ国に対して立ち向かう少年の話しである。実は始めこの本が読みずらかった。まるで子供が書いているようでさえあったからだ。途中でそういう書き方をしているという作者の談があるのだが、それ以降はやっと馴れてきた稚拙とさえいえそうな文章が変わって、読みやすくなる。主人公は第三者の目から捉えられているのだが、彼は動物と話しも出来るし、動物どころか自然にある全ての物(山や水など)風さえ見える、風が見えるので風に乗って彼は飛ぶ事が出来るし、超能力ともいうべき力があるのだが、この少年の心がなんともやさしくて純粋で、だからこそラストは悲しくて美しい。いうなれば感動物である。「目に見えるものが全てじゃない」という作者の自然を愛する気持ちが溢れている。これは多分ビデオも見ることになるだろう(笑)

2003/01/24
◎「大江戸仙花暦」石川英輔作 講談社文庫刊
 いわずと知れたというか知らない人もいるだろうが、「大江戸シリーズ」の6冊目である。とはいえ途中から読んでも内容は判るから、今まで読んだ事がない人でも是非読んで欲しい。それだけこれは面白い。第1冊目である「大江戸神仙伝」が出てから既に20年以上も経過しており、尚且つ未だに廃刊にならないどころか何度も版を重ねているから、人気のシリーズなのだろうと思う。ストーリーとしてはSFであり、主人公は現代の作家である。しかも彼は製薬会社の研究員をしていたという経歴の持ち主で、会社員の時に出版しないかと言われて書いた本がまぁまぁ当たったので、作家になったという経歴の持ち主でもある。いわゆる科学者でもあり、今ではゴミ問題や、リサイクルなどに関する著書を書いたりしている。そんな彼はある日江戸時代(文政の頃)にタイムスリップしてしまい、そこで現代人としての知識により人助けをして、その所為もあって、仙人(神仙)のような扱いを一部の人に受け、江戸で暮らし始めるというものだ。タイムスリップの力は一時弱まったりしたが、今ではいつでも過去と現在への行き来が出きるようになっていて、江戸時代では、いな吉という若い芸者さんを囲って暮らし、現代ではバツイチだった彼もある出版者のやり手の女性編集者と結婚しているという、なんとも都合のいい話なのだが、このご都合主義が面白いというわけではない。江戸時代の時代考証が面白いのだ。今回はそれが著しく表れていた。例えば、表札は文政の頃には無かった(南町奉行所なんて看板はないのだ)とか、江戸では「寺子屋」の事を「お手習い」といったとか、現代と江戸との比較をしながら、良い所と悪い所をそれぞれ上げて、本当に日本はこのまま進んでいいのだろうかという問題を投げかけている。進歩という名のもとに自然を破壊している現代と、人間が偉いなどという考えは微塵もなく、物が無いからこそ大切にし少しの事で喜びを感じる江戸時代の人々の心のありようというものが、凄く考えさせられてしまうのだ。当時の世界では多分トップレベルであっただろう日本の生活水準と現代との比較は勿論出来ないし、今の生活を捨てる事も出来なければ、この作品のような江戸時代に戻ることも出来ない身では、彼らの生活を羨むばかりだが、この頃の生活には憧れえ抱いてしまう。小説ではないが姉妹編としての「大江戸シリーズ」もあるからそちらを読まれている方もいるかも知れない。しかし流石にそちらまでは読んでいない。そのうちこの頃の話でも書く気になったら勉強の為に読んで見るのもいいだろう。ちなみに今回は、挿絵に江戸時代の絵(版画)ばかりが大量に使われていた。

2003/01/21
◎「火怨(北の耀星アテルイ)」上下巻 高橋克彦作 講談社文庫刊 吉川英治文学賞受賞作
 話の時代は平安時代になる頃で、舞台は東北。人間扱いされていない蝦夷(えみし)の人達と朝廷軍との戦いの話だ。いくつもある蝦夷部族の代表として戦うアテルイを中心にラストは坂上田村麻呂らとの戦いで、平和が訪れるところまでが描かれている。アテルイ達は戦闘集団を作り上げるが、自然を愛し家族を思い、争いは好まない。だからなるべく人を殺さないようにして戦う。もちろん朝廷軍は人数も多いから10倍以上の敵と頭脳戦となっていく。しかし蝦夷の人達を人間と思っていない朝廷から派遣される将軍達は、彼らの作戦に負ける自分達を色々な理由をつけ自分の保身の為、偉くなりたい為だけに生きている。途中から登場する田村麻呂はそんな朝廷の態度には反対で、アテルイ達に好感を持っているのだが、やはり彼らの作戦に踊らされ、何度も負けてしまう。結局朝廷軍と蝦夷軍との戦い(22年間も続く)では朝廷軍は一度も勝てないのだ。まるでスーパーマンの如きヒーロー物のようではあるが、ヒーローである主人公達の「自分達の家族を守る為、誇りの為、山や台地や空の為に戦う」という姿勢が、彼らに対する共感を呼び起こされる。だから防御はするが攻撃はしないで、なるべく人を殺さずに逃げるように仕向けるという彼らの戦いぶりは、とても感動的だ。大詰めになって蝦夷の代表格の人達が次々と戦いで死んでいくシーンがあるのだが、なんと壮絶な死だろうと、思わず涙が出そうになってしまう。守る者が沢山ある彼らは、その守る者の為に戦い死んでいく。主人公が最後にどうなるかは、まぁ読んでもらえばわかるが、とても感動的だった。この作家は結構好きで読んだりしているが、大河ドラマになった「炎立つ」は読んでいない。なんだか大河ドラマの原作だぁ、と思うとつい敬遠してしまっていたが、「天を衝く」と合わせて陸奥3部作らしい。時代小説は面白い。そういえば、日本という名前の由来が出ていたので抜粋しよう。「蝦夷はもともと出雲に暮らしていた。出雲の斐伊(ひい)川流域が蝦夷の本拠。斐伊を本とするゆえ斐本(ひのもと)と名乗った。それがいつしか日本(ひのもと)と変えられて今に到っておる。(後略)」

2003/01/13
又掲載が遅れてしまったので、2冊?分
○「迷宮」清水義範作 集英社文庫刊
 これも久しぶりの清水作品。清水作品のミステリー物といえば、どちらかというとお笑い系ばかりだったんだけれども、これは本格ミステリーといえるだろう。どんな事件が起こったのかは、ある病院で記憶喪失の患者が、手記や週刊誌の記事などを読まされるという展開で判っていく。手記や記事はもちろんマスコミの一種だから目的があって書いているわけで、事実だけを淡々と並べているわけではない。だから書く人の意識がそこに入っていて、色々な見かたが出来るようになっており、始めはただのストーカー殺人かと思われるのだが、段々と被害者である女性の方にも問題があったのではないかなどというふうにも読み取れてしまうのだ。読まされる患者はこの犯人が自分の事なのかと疑いを抱くが、思い出さない限りは無罪になってしまうだろうという推測はつく。しかもこの患者に記事や手記を読ませている人は病院の医者でも、もちろん警察でもないようだし、一体彼らはどういった人物なのだろうかという謎もあって、話は混沌としてくる。以下ネタバレ注意。ラストでは何だか読ませているのは、小説家であり、読まされているのは犯人らしいという事になるのだが、それさえも本当にそうなのだろうかという気になってしまうほど、迷宮に迷い込んでしまうのだ。ひょっとしたらこの患者が勝手に全てを想像しているのではないだろうか、でなければ途中で出てくる犯行現場の状況へ思いを馳せるなどという事は出来るわけがない。となるとこの犯人は小説家であるのかも知れない。なんてどこからどこまでが本当なのか嘘なのか読者の想像いお任せ的で全然判らないのだ。逆にそれだから面白いというものなのだが…。◎にならなかった理由には、だからそういった終り方がはっきりしないという、迷宮に取り残されたままになっている感じがしてしまったからだろう。

○「ダブルダウン」岡嶋二人作 講談社文庫刊
 読んでいなかった岡嶋二人の作品。考えてみると随分前の作品である。話の途中に電話が無くて連絡が付けられないなどというシーンが登場してしまう。主人公はある出版社の編集者だから今時そんな事はありえないという位古い(笑)。話はボクシングの試合中に、ボクサーが二人共倒れてしまうのだが、相次いで死んでしまう。その死因は共に青酸中毒というものだ。しかも倒れるのは、第3ラウンドが始まって何度か打ち合ってからだ。試合中の観客の前で一体どうやって毒殺したのか…。と興味は尽きない。確かに携帯電話は出てこないくらいに古い話ではあるけれども、やっぱり岡嶋二人は面白い。レベルとしてはやっぱり「クラインの壷」とか「99%の誘拐」などの作品と比べてしまうと正直いって下だと思うし、犯人が犯行を犯すためのの動機付けが少し弱いような気もするが、でも古本屋で買う分には問題ないでしょう。

2003/01/05
年末年始と大分怠けてしまっていたので、読んでいたにも関わらず、載せていなかった。
◎「エンディミオンの覚醒」上下巻 ダン・シモンズ作 酒井昭伸訳 ハヤカワ文庫刊
 とうとうハイペリオンシリーズ4部作も読み終わってしまった。そして本作でやっと今までの謎が解明されていく。本当に溜息しか出てこないが、面白かった。いやーっもう一度読みたい。もちろんこれは「ハイペリオン」から読み始めなければ、面白くないわけだが、是非SFファンならば読んで欲しい。いや読まなければならない作品だろう。今回はなんとダライ・ラマは出てくるし、杜甫や一休禅師が詠んだ歌も出てくる。しかし宗教というのは恐ろしいもので、AIに騙され永遠の命を持つ(実際は少し違うのだが)キリスト教の法王は、人類だけではなく何千年もかけて育った宇宙植物(これはDNA変化により改造人間?化した人類が共存している惑星規模の住まいだったりするのだが)を破壊するなどの暴挙に出てしまうのだ。その破壊のシーンを読まされると、なんて宗教というか思いこみというのは恐いものだろうと思ってしまう。目的の為には手段を選ばないというアメリカ受け?する設定なのだ。ダライ・ラマが正義の味方的な主人公達の教え子として仏教思想とは少し違うが、キリスト教批判的なことというか宗教論争があるのも、ひょっとしたら外国でヒットした原因かも知れない。
 しかしとにかく、この作品が終わって宇宙は平和になり、永遠の命を持つということは出来ないが、人類は進化(本来の意味での進化)していく事になる。その陰に、主人公の一人であるアイネイアーの悲しい運命と、第一部から出演していた人達が何故あんな運命になっていくのかの後述談的な話も話が複雑に絡み合っていて面白い。もうこれは読むしかないです。