活動報告

     

★サヨナラ、アリガトウ!旧庁舎・公会堂

2日間限りの  としまミュージアム 
3月20日(祝)・21日(月) 午前10時〜午後8時

活動報告写真 旧庁舎は戦後復興期に建てられた木造庁舎に代わり、昭和36年竣工。
コンクリート造4階建で昨年5月に新庁舎に移転するまで長い間使われてきました。
公会堂は、戦災で焼失した旧公会堂の復興を願う3,000人以上の区民の寄付により、昭和27年開館しました。
今後二つの跡地を中心に2020年・春「8つの劇場」を含む国際的な ”文化にぎわい拠点” が誕生します。

活動報告写真 今回の「としまミュージアム」ではとしまの「未来」を体感できる2日間です。
としま案内人雑司ヶ谷は4階の「としまの文化いまむかし」に「威光山法明寺・鬼子母神」・「鬼子母神の参詣土産」のパネル展示を担当しました。
今でも鬼子母神参道から法明寺に続く道は江戸時代と変らない道です。
江戸名所図会、浮世絵、明治時代の貴重な写真、戦前の絵葉書等で「いまむかし」を体感していただけたらと思っています。


     

★雑司ケ谷霊園と雑司が谷旧宣教師館

10月25日(土)実施しました。
当日は散策するにはちょうど良いお天気で、3グループに分かれて雑司ケ谷霊園の著名人のお墓を散策した後、 全員で雑司が谷旧宣教師館を見学しました。

活動報告写真 日本の女医1号と女性運動家で知られる荻野吟子のお墓です。
荻野家のお墓の一隅に吟子の石像が建てられています。袖口にフリルがついた洋装姿で、ひきしまった顔立ちが、逆境にあっても粘り強く 自分の意志を貫いた生涯が思い浮かばれます。又、吟子の生涯を描いた舞台「命燃えて」の記念碑もあります。

活動報告写真 羽仁もと子、羽仁吉一のお墓です。
羽仁もと子は「婦人之友」の創設者で、日本初の「家計簿」を考案しました。
又、もと子と吉一は、自由学園の創立者でもあり、墓標には自由学園の教育理念「思想しつつ、生活しつつ、祈りつつ」の言葉が刻まれています。


     

★テレビ朝日「東京サイト」で雑司ケ谷霊園を案内しました。

活動報告写真 「東京サイト」2014年9月22日〜26日のテーマは「都電荒川線に乗って」でした。
24日は「都電雑司ヶ谷」。「姫」の行先は雑司ケ谷霊園と雑司が谷旧宣教師館でした。
雑司ケ谷霊園の広さは約10万平方メートル、緑豊かで墓参以外にも多くの散策の方が訪れているようです。

活動報告写真 霊園内夏目漱石のお墓を「としま案内人雑司ヶ谷」が案内しました。
漱石のお墓はファンの方のお墓まいりでお花が絶えません。テレビでも紹介していましたけれど漱石のお墓のカタチは何がヒントで作られたでしょう?
「姫」のテンポのよいリードで撮影も無事終わりました。


     

★消えた川《弦巻川》を歩こう!

活動報告写真 2014年5月31日(土)実施
当日は本年度はじめての真夏日。池袋西口メトロポリタンホテル横の「元池袋史跡公園」に集合し、江戸時代に残された絵図や地形図を片手に 「護国寺仁王門」まで「消えた川弦巻川」を訪ねて2時間のまち歩きでした。

活動報告写真

昭和のはじめまで雑司が谷のまちには「弦巻川」が流れていました。「元池袋史跡公園」は弦巻川の水源の池である「丸池」があった所です。
また江戸時代発行の「江戸名所図会」にはかつての弦巻川の姿が沢山描かれています。
江戸名所図会、地形図片手にかつての弦巻川を訪ねて全員無事に護国寺仁王門に到着しました。


     

★社会科見学

活動報告写真 本年度最初の社会科見学です。
「なぜ、昔からあるものは、大切に残されているの?」
学校からの大きな課題をもって訪ねてくださいました。

活動報告写真




・「鬼子母神」の「鬼」という字に角がないのは
  どうして?
・「お百度石」のお参りの仕方は?
・「夏目漱石」のお墓の形は何がヒントで
  デザインされたの?
その他鬼子母神の参詣土産である「すすきみみづく」のお話、都電荒川線の話などあっという間の1時間30分でした。


としま案内人雑司ヶ谷

ホームページ内
「鬼子母神」の「鬼」の漢字は、
一画目を除いた字です。