推薦盤
(1)ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 マズア指揮ライプチヒ・ゲヴァントハウス管  1981年録音 (Eterna廃盤;仏EMI 4834972)
(2)ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ「春」&「クロイツェル」 ジェレミー・メニューイン 1985年録音 (海外盤EMI "RED LINE" 7243 5 69789 2 8)
(3)ヴィヴァルディ:「四季」他 アルベルト・リジー指揮カメラータ・リジー・グシュタード 1979年録音 (海外盤EMI "ENCORE" CDE7 67792 2他;Royal Classics)
(4)ヴィヴァルディ:協奏曲集RV529,Op.3-5他 メニューイン指揮ポーランド室内管 1990年録音(海外盤EMI CDC 7 54205 2)
(5)ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 マズア指揮ライプチヒ・ゲヴァントハウス管  1982年ライヴ録音 (VHS EMI廃盤)

 メニューインは7歳で神童ヴァイオリニストとしてデビュー。強靱な技巧と輝かしい音色、高度な芸術性を兼ねそろえ、戦前は10代にして大ヴァイオリニストと認められる。戦前録音のほとんどは名演である。故・野村光一氏は、1947年頃撮影され日本では1951年の来日直前に上映された映画メニューイン(ブルーノ・モンサンジョンによるドキュメンタリー"Yehudi Menuhin -The Violin of the Century" EMI にその一部が収録されている。一部だけでなく全部見てみたいものである。)について「彼が弓を大きく使い、悠々迫らざる態度で古典曲を熱演している時は、まるで野球選手がホームランをかつとばす時のように爽快味を痛感させる。(中略)あんな迫力のある端的な演奏は今の世の如何なるヴァイオリニストも成し得ぬところであろう。あれはベーブ・ルースのホームランに匹敵する。」(『芸術新潮』1951年10月号「メニューヒンのテクニック」)と書いている。これは戦前録音のほとんどと1940年代の好調時の録音の特徴を見事に言い表している。

 戦後は戦中の500回を超える慰問公演、離婚、ナチの収容所の惨状を見たことによるショック等によりスランプに陥り、演奏の出来不出来が激しくなる。さらに1950年代後半以降は脊椎の手術の影響のためかボウイングが衰え始める。音色の線が細くなり、音程やリズムに難がある録音も少なくない。

 このため戦後やステレオ以降のメニューインはあまり人気があるとは言えず、全否定する向きもある。ただ、これには仕方のない面もある。ヴュータンのヴァイオリン協奏曲第4番、ヴォーン・ウィリアムズのコンチェルト・アカデミコ、バルトークのヴァイオリン協奏曲第2番の4回目のスタジオ録音(ドラティ指揮ニュー・フィルハーモニアo. 1965年録音)、委嘱した無伴奏ヴァイオリン・ソナタの2回目の57年モノーラル録音[注1](以上EMIが権利を保有している)、Harry SomersのMusic for Solo Violin(Radio Canada International)、妹のヘプツィバーとの1962年モスクワ・リサイタル(Melodiya)といった好調時の録音が全て廃盤か未CD化だからである。

 現代を代表するヴィオリストのユーリ・バシュメット(1954年ソ連生まれ)は「これはまだヴァイオリンをひいていた頃の話ですが、8歳の時にメニューインのコンサートに母と一緒に行って、本当に大感動を受けました。」(渡辺和彦著『クラシック辛口ノート』洋泉社)と語っている。最後に挙げたLPはあるいはこのコンサートのライヴであるかもしれない。

 比較的入手しやすいCDで好調時のものを列挙すると、1.ニールセンのヴァイオリン協奏曲、2.ブロッホのヴァイオリン協奏曲、3.バルトークのヴィオラ協奏曲、4.ウォルトンのヴィオラ協奏曲(以上EMI)、5.カザルスらとのブラームスのピアノ・トリオ全曲(Music & Arts "Casals Festival at Prades", Vol.1 & Vol.2)、6.ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(フルトヴェングラー/BPOとの1947年ライヴ Tahra FURT1020)などがある。だが、これらも6.を例外として廃盤で店頭在庫分を探すしかないもの(1.や2.、3.)や、セット物の一部(4.と5.)で入手が容易とは言えない。もちろん全て輸入盤である。(1.から3.は国内盤CDでも出ていた。ヴュータンのヴァイオリン協奏曲第4番のLPは都民か都内に通勤・通学している人は都立日比谷図書館の視聴覚室で借りることが出来る。バルトークの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとブラームスのピアノ・トリオ全曲のLPはJR信濃町の民音音楽資料館と東京文化会館の音楽資料室で聴くことが出来る。

 以上、メニューインの好調時の名盤を挙げてきたが、彼の膨大な録音では不調時の凡演の方が多いというのが実状である。1960年代後半から1970年代半ばまでの録音のほとんどは音色の魅力を欠く凡演と言ってもいい。

 ところが、1980年頃以降の録音はヨガの成果のためかボウイングに問題がなくなり、技巧・音色も安定し、出来不出来も少なくなるのである。その最上の例が推薦盤の最初に挙げたマズアとのベートーヴェンである。

 まず、ヴァイオリンの出だしから深みのある美音に引きつけられる。この音色の美しさは1966年のクレンペラー盤には全く見られないものである。技巧の衰えもほとんど気にならない。それ以上に感銘を受けるのが、終始この演奏から「優しさ」といったものが感じられる点である。これは1980頃以降のメニューインからしか感じとれないものである。そしてこれが曲想にぴったりなのがこの曲なのである。

 残念ながらこのCDも廃盤である。正確に書けばフランスの国内盤では現役盤なのであるが、まず日本で入手するのは不可能である[注2]。LPは国内盤で出たこともあって中古屋で見つけるのはそう難しくはないが。

Gstaad

 そこで、1980年頃以降のメニューインでこのCDに準じるものを挙げると海外盤EMIの Red Lineシリーズで出ているベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ「春」&「クロイツェル」がある。「クロイツェル」は第1楽章がいまいちだが、第2・3楽章はティボー、エネスコに匹敵する深みのある演奏である。他にも各種廉価盤で出ているヴィヴァルディの「四季」があるが、これは曲の性格上評価が分かれるかもしれない。1990年録音のヴィヴァルディ:協奏曲集RV529,Op.3-5他もこの時期のメニューイン独特の美音が楽しめる。技術もしっかりしている。

Saanen

 また、廃盤だがVHSで出ていたブラームスのヴァイオリン協奏曲(1982年ライヴ)も名演である。特にクライスラー作のカデンツァが「優しさ」と「寂しさ」の両面を合わせ持ち、ベートーヴェン以上に評価する人もいる。このビデオテープは池袋の中古CD店「ミッテンヴァルト」に置いてあり、会員になれば見ることが出来る。

Gstaad

 LPでは1981年録音のアビーロードスタジオ設立50周年記念盤(バッハの協奏曲)や1984年録音のトルトゥリエ/ベルグルンドとのブラームスの二重協奏曲も出ていたが、これらは技巧面では問題ないものの、名演とはいいがたく、音色もあまり美しくない。一方でマクシミウク指揮のルクレール&タルティーニやヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲、ハープのサバレッタとの共演盤は1980年頃以降のメニューインの素晴らしさがよくでている。CD化を期待する。

[注1]バルトークは東芝EMIから再発・CD化されました。
[注2]東京文化会館の音楽資料室でLPを聴くことが出来ます。

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